ヘンプクリートは断熱性が高く室内の湿度も安定させるため省エネにもなります。しかも有害物質もほとんど含まれず、製造過程よりも多くのCO₂を吸収する可能性まである天然素材です。それにもかかわらず、長年にわたり原料が規制されていたため、実質的に広く使うことができませんでした。なぜこれほど優れた素材が禁止され続けてきたのでしょうか。本記事はヘンプクリートの基本的な特性と、禁止されてきた歴史的な背景について解説しています。
この記事のポイント
- ヘンプクリートは断熱性・調湿性・耐火性に優れ、製造過程よりも多くのCO₂を吸収する可能性を持つカーボンネガティブな天然建材です
- 工業用ヘンプが薬用大麻と同一視されてきたため、アメリカでは長年にわたり規制され、2018年の農業法(ファームビル)制定によってようやく合法化されました
- 世界市場は2025年時点で約9億ドル規模に達し、2034年には28億ドルを超えると予測されており、日本でも注目が高まりつつあります
ヘンプクリートとは

ヘンプクリートは繊維や建材用に栽培されたアサ、いわゆる工業用ヘンプの茎の内側を細かく砕いたヘンプシブと、結合材を混合して作られます。結合材は通常、石灰をベースにした材料で作られ、場合によっては石灰に少量の火山灰のような天然の粉や、セメントの一部を加えて強度や固まりやすさを調整します。
使われ方
ヘンプクリートは建物の骨組みのまわりに使われる材料です。柱や梁のように建物の重さを支えるのではなく、その間を埋める形で使われます。使い方としては、現場でヘンプシブと結合材を水と一緒に混ぜ、そのまま型枠の中に流し込んで固める方法があります。また、あらかじめ工場でブロックやパネルの形に作っておき、それを現場で組み立てる方法もあります。どちらの場合も、完成したヘンプクリートは壁の一部として使われ、建物の構造そのものではなく外側や内側の壁材として機能します。
特性

環境への貢献(カーボンネガティブ)
ヘンプクリートは作る過程で二酸化炭素を排出するよりも、多くの二酸化炭素を吸収する可能性がある建材です。原料となるアサが成長するときに空気中の二酸化炭素を取り込み、さらに建材として使われたあとも石灰の働きによってゆっくりと二酸化炭素を吸収し続けます。そのため、全体として見ると二酸化炭素を減らす方向に働くと考えられています。一方で、一般的なコンクリートは製造の過程で多くの二酸化炭素を排出するため、環境への負荷が大きい建材とされています。
また、アサの栽培自体も環境への負荷が小さく、農薬や除草剤をほとんど必要としません。栽培から収穫までの期間も短く、繰り返し育てることができる再生可能な資源です。アサはひまわりや小麦、トウモロコシなどと比べても、エネルギー消費の少ない作物のひとつとされています。
断熱性能(熱特性)
ヘンプクリートは断熱性に優れた建材です。外の暑さや寒さが室内に伝わりにくく、壁の中で温度変化をゆるやかにしてくれるため、室内環境が安定しやすくなります。ヘンプクリートの熱伝導率は0.052から0.22ワット/メートル・ケルビンの範囲にあり、コンクリートの0.51から2.2ワット/メートル・ケルビンやレンガの0.426から0.62ワット/メートル・ケルビンと比較して大幅に低い値を示します。そのため、冷暖房の効率が高まり、エネルギーの削減にもつながります。
この断熱性能は実際の建物でも確認されており、フランス南西部のヘンプクリートを使った建物では、夏の外気温が最高38度に達しても室内温度は27度を超えることはなく、4年間の観測を通じて平均23から24度に保たれていました。また、カナダのバンクーバーとトロントでの研究では、ヘンプクリートを使った建物は従来の木造住宅と比べて室温が24度を超える過熱時間をそれぞれ21.7%・26.9%削減したことが報告されており、居住快適性と省エネの両面で優れた性能を発揮しています。この高い断熱性能を活かすことで、エアコンや暖房機器の稼働時間を減らし、年間エネルギーコストを10から20%程度削減できると報告されています。
耐火性
ヘンプクリートは耐火性にも優れた建材です。ISO規格の試験では、非常に高い熱を加えても発火せず、本格的な炎を伴う燃焼には移行しないことが確認されています。また、燃焼しても煙の発生が少なく、欧州の基準では最も煙が少ないレベルに分類されています。火災の激しさを示す指標で比較すると、ヘンプクリートは一般的な断熱材や合板、発泡プラスチックなどと比べても大幅に低い値となっており、火が広がりにくい性質を持っています。そのため、火災時の延焼リスクを抑えやすい材料とされています。
湿度調整・透湿性
ヘンプクリートには湿気を壁の中にため込まず、空気中へ自然に逃がす性質があります。いわゆる「呼吸性」を持つ蒸気透過性の建材で、室内の湿度を安定させる効果があります。フランス南西部で行われた長期観測では、外気の相対湿度が夏冬ともに70から88%に達する環境でも、室内湿度は常に40から60%の快適な範囲に保たれていました。また、イタリア南部の気候を再現した実験でも、外部湿度が80%に上昇した状況で、壁内部の湿度は57から60%の安定した値を維持していました。カナダの研究では、ヘンプクリート住宅の窓に発生した結露量はわずか50グラムだったのに対し、従来の住宅では4kgもの結露が発生しています。この差はカビの発生を抑え、室内空気の質を保ち、建物の長期的な耐久性を高めることにつながります。ヘンプクリートの調湿機能は、壁内部の結露を防ぎ建物の劣化を抑えることで、メンテナンスコストの低減にも貢献します。
軽量性と施工性
ヘンプクリートは非常に軽い建材で、一般的なコンクリートと比べても大幅に軽いのが特徴です。そのため建物の基礎にかかる負担を減らすことができ、使用する材料の量やエネルギーの削減にもつながります。
また、補修や改修がしやすく、木造や鉄骨造、組積造などさまざまな構造の建物に使うことができます。新築だけでなくリノベーションにも対応しやすく、汎用性の高い材料です。さらに石灰の持つ性質により、木材の防腐処理が不要になるケースもあり、より自然素材中心の建築を実現しやすくなります。加えて、断熱材や調湿材といった複数の役割をひとつの材料でまかなえる点も大きな特徴です。
健康面
ヘンプクリートには揮発性有機化合物がほとんど含まれないため、シックハウス症候群の原因となる有害物質を室内に放散しません。さらに、調湿性能により湿度を最適化できることから、カビやダニによる被害を低減できます。アスベスト代替材としても注目されており、健康的で快適な室内環境づくりに貢献します。
ヘンプクリートの歴史

ヘンプクリートは1980年代にフランスで開発され、中世に建てられた歴史的建造物の修復に使われ始めました。当時、古い木造フレームの建物を補強する際に、コンクリートは重すぎることや通気性を損なうこと、さらに建物の外観を変えてしまう可能性があることが問題となっていました。そこで、建物の構造や雰囲気を壊さずに補強できる素材として、ヘンプクリートが注目されるようになったのです。
しかし、アサを含む建築材料そのものは、さらに古い時代から使われていた記録があります。インドでは1727年の記録として、次のような記述が残されています。「プッカとは、レンガの粉、石灰、糖蜜、そして刻んだ麻を混ぜ合わせたものであり、乾燥すると、堅固な石やレンガよりも硬く、かつより強靭になる。」
ヘンプクリートの規制の歴史

優れた特性を持ち、古くから建材としても利用されてきたアサですが、アメリカでは長年にわたり工業用ヘンプの栽培や利用が法律によって規制されてきました。その背景には、工業用ヘンプと、いわゆる薬物としての大麻(カンナビス)が同じ植物として一括りに扱われていたことがあります。
アサはアサ科カンナビス属の一年生植物で、適した環境では3から5メートルほどに成長します。
アサは紀元前数千年から繊維作物として利用されてきた歴史があり、中国では衣類や縄、紙の原料として使われ、その後ヨーロッパやアジア全域に広がりました。特に中世から近世にかけては、帆船の帆やロープの材料として重要な役割を果たし、大航海時代の海運を支える戦略物資でもありました。このように長い歴史の中で人間によって用途に応じた品種選抜が進められた結果、「工業用ヘンプ」と「薬用・嗜好用カンナビス」という形質の異なるタイプが生まれました。工業用ヘンプは繊維や種子の利用を目的として改良され、茎が太く繊維が発達する一方で、精神作用を持つテトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量は極めて低く抑えられています。実際、建材として使われるヘンプクリートに含まれるTHCはごく微量であり、薬物としての作用はありません。一方、薬用・嗜好用カンナビスはカンナビノイドの生成が重視され、THC濃度が高くなるように選抜されています。
アメリカではこうした科学的な区別が明確になる以前から両者が同じものとして扱われていたため、1930年代以降の規制強化やその後の連邦法によって工業用ヘンプの栽培や利用が長期間制限されてきました。その結果、ヘンプクリートのような建築用途も事実上ほとんど普及できない状況が続きました。
この状況が大きく変わったのは2018年のことです。同年に成立した農業法(ファームビル)において、工業用ヘンプと薬用・嗜好用カンナビスが法律上明確に区別されました。これにより、THC濃度が0.3%以下の工業用ヘンプの栽培と使用が連邦法のもとで合法化され、ヘンプクリートを使った建設への道が初めて開かれました。
さらに2022年9月には、アメリカの住宅建築の基準となるモデルコードである国際住宅建築基準(IRC)に、ヘンプ系建材に関する付属条項が承認される形で追加されました。これは業界関係者から大きな期待を集める出来事であり、2024年以降における合法的なヘンプクリート建築の普及に向けた重要な一歩と位置づけられています。
現在の市場状況

世界のヘンプクリート市場は現在、急速な成長軌道にあります。2025年時点での市場規模は約9億1,010万ドルと評価されており、2034年までには28億340万ドルに達すると予測されています。この間の年平均成長率は13.3%という高い水準で、持続可能な建材への世界的な関心の高まりがその背景にあります。
地域別に見ると、ヨーロッパが2025年に約38%の市場シェアを占め、世界市場をリードしています。特にフランス・イギリス・ドイツがその中心で、フランスはアサの産業基盤が確立されており、政府の後押しもあって世界的な先進国としての地位を確立しています。新築の環境配慮型建物への採用はもちろん、歴史的建造物の修復や既存建物の断熱改修においても広く活用されています。北米では2018年のファームビル制定以降、アメリカとカナダを中心に市場が急速に拡大しており、炭素固定やエネルギー効率の高さが評価されて注目を集めています。
アジア太平洋地域は現時点ではまだ新興市場の段階にありますが、都市化の進展や持続可能な建築への意識向上、そして政府によるグリーンビルディング推進策の後押しを受けて着実に成長しつつあります。特に中国は工業用ヘンプの生産において世界的な存在感を持っており、原材料供給の面での優位性があります。日本においても、環境負荷の低減や持続可能な建材への関心が高まる中で、ヘンプクリートが新たな選択肢として注目され始めています。その断熱性・透湿性・耐久性を兼ね備えた特性は、快適な居住空間の実現や建物の長寿命化を重視する日本の建築文化とも親和性が高く、建設・不動産分野での活用が徐々に進んでいます。ただし、日本では大麻に関する規制がいまだ厳格であり、認知度も国際的な水準と比べると低い状況にあります。
一方で市場の成長を抑制する要因も存在します。ヘンプクリートは荷重支持材料ではないため、木材や鋼材による構造フレームが別途必要となり、コストと施工の複雑さが増します。また従来のコンクリートやレンガと比べて圧縮強度が劣るため、大規模・高荷重のプロジェクトへの適用には限界があります。さらに多くの建築家や施工業者がこの材料に不慣れであることや、地域によって規制内容が異なることも普及の妨げとなっています。こうした課題を克服しながら、いかに供給網を拡充しコスト競争力を高めていくかが、今後の市場拡大の鍵を握っています。
https://link.springer.com/article/10.1007/s41062-025-01906-1
https://hempcrete.jp/hempcrete/
https://www.fortunebusinessinsights.com/jp/%E9%BA%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E5%B8%82%E5%A0%B4-110107
https://www.usda.gov/farming-and-ranching/plants-and-crops/plant-breeding/hemp
https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/attach/pdf/tokusan-24.pdf


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