オーストラリアではウサギが生態系に深刻な問題を引き起こすとともに農作物に数百万ドル相当の損害を与えています。このウサギは19世紀にヨーロッパから持ち込まれ天敵が少なく温暖な気候のもとで爆発的に繁殖したもので、現在、その数は少なくとも1億5千万匹と推定されています。
その一方で、かつて鶏肉よりも安価で手に入りやすいため、貧乏人の鶏肉と呼ばれていたウサギは最近ではオーストラリア国内の料理界で復活を遂げ、高級レストランのメニューに次々と加えられています。ウサギの肉は美味しく、用途が広く、栄養価が高いだけでなく、さらに通常の肉に比べて環境負荷が低い持続可能な食品です。ただし、こうしたウサギ肉は家畜化されたものであり、野生のものではありません。
野生のウサギがこれほど多く生息しており、生息地に与える悪影響を考慮すると、人間の食用として捕獲することは環境的にも経済的にも理にかなった選択肢のように思えます。しかし、野生のウサギ肉は店頭でほとんど見られません。これは一体どうしてでしょうか?この記事ではオーストラリアで野生のウサギが食べられていない理由について説明しています。
野生のウサギが食材として利用されない理由

- 衛生と安全性 野生のウサギはウイルス感染の可能性が高く、食品安全規制により、人間の食用には認可された屠殺場で処理される必要があります。この規制が野生ウサギ肉の流通を妨げています。
- 肉質の問題 野生のウサギの肉は硬く、筋が多いため調理が難しいとされています。一方、家畜のウサギは柔らかい肉質で調理しやすい点が人気の理由です。
- 文化的要因 野生のウサギはネズミと同様の認識があり、多くのオーストラリア人にとって食材として敬遠されています。
これらの要因が複雑に絡み合った結果、オーストラリアでは野生のウサギが一般的に食べられていません。それでは、このような状況に至った背景を、オーストラリアにウサギが導入された経緯から順を追って詳しく見ていきましょう。
ウサギ導入の歴史

1788年にファーストフリートと呼ばれる船団とともに持ち込まれたヨーロッパのウサギは当初は小規模で飼育されていましたが、19世紀に入るとタスマニアで個体数が爆発的に増加し始めました。その後、1840年代にはオーストラリア本土でもウサギの飼育が一般的となっています。
そして、オーストラリアの自然におけるウサギの蔓延が加速したのは、1859年のことです。トーマス・オースティンはイギリスで熱心なウサギハンターであり、オーストラリアでもその趣味を楽しむため、ビクトリア州ウィンチェルシー近郊の、自身の所有地であるバーウォン・パークに24匹のウサギを放ちました。彼は少数のウサギを持ち込むだけならば、大きな害にはならないだろうと考えていました。しかし、ウサギはオーストラリアの気候と環境に適応し、急速に繁殖したのです。
ウサギの繁殖能力は驚異的であり、年間最大40匹の子ウサギを産むことが可能です。また、農業開発による森林や低木の減少もウサギにとって理想的な生息地を提供しました。これらの要因が組み合わさり、ウサギは1867年には制御不能になり、哺乳類として世界最速の拡散速度を記録したのです。オーストラリアにおけるウサギの個体数のピークは1920年代で、推定約100億匹に達していたとされています。
生態系に与える影響

このウサギの増加により、オーストラリアの生態系は甚大な被害を受けました。草地や森林植生を破壊し、天然資源の枯渇を招いた結果、多くの在来種が絶滅し、生態系全体が大きく損なわれているのです。また、過剰な摂食活動が土地の表土を露出させ、深刻な侵食問題も引き起こしました。これにより、土地の再生には何百年も要するような、壊滅的な状況となっています。
抑制・削減のための試み

そのため、オーストラリアではウサギの個体数を抑制・削減するため、さまざまな防除手法が試みられてきました。その中でも射撃は最も一般的な方法で、食料を提供しつつ個体数を抑える効果がありますが、大規模な駆除には十分な効果が得られていません。
そのほかに、巣穴の掘り起こしや生き埋めといった方法は特に大規模農場で用いられてきました。また、フェレットを使った狩猟や毒殺、罠も試みられましたが、これらの効果はどれも限定的で、特に罠は動物福祉の観点から今日では使用が減少しています。
ウサギよけフェンスも建設されましたが、ウサギの高い跳躍力や穴掘り能力のため、完全に拡散を防ぐことは困難でした。このように、これらの取り組みはすべて部分的な成功にとどまり、ウサギ問題の根本的な解決には至っていませんでした。
ウイルスの使用

他方で、生物学的な防除方法として導入されてきたのが、ウイルスを活用する取り組みです。その一環として、1950年には「粘液腫ウイルス」を媒介する蚊やノミが野生に放たれています。南アメリカで見つかったこのウイルスは、ウサギにのみ影響します。これにより、オーストラリアのウサギの個体数は推定6億匹から約1億匹に減少しました。しかし、蚊やノミは通常、乾燥地域に生息していないため、大陸の内部に生息するウサギの多くは影響を受けませんでした。また、生き残ったウサギのごく一部もウイルスに対する免疫を発達させ、彼らは繁殖を続けたのです。
その次に、粘液腫ウイルスの効果の低下に対抗するため、1995年に「兎出血病」を運ぶハエが放されました。粘液腫ウイルスとは異なり、兎出血病は乾燥地域に侵入することができます。その結果、この病気は乾燥地帯でウサギの個体数を90パーセント減らすのに役立ちました。しかし、粘液腫ウイルスの場合と同様に、兎出血病も地理的な制約を受けています。その宿主はハエであるため、この病気は、ハエがあまり蔓延していないオーストラリア沿岸の、比較的涼しく降雨量が多い地域では、ほとんど効果を発揮しなかったのです。さらに、ウサギもこの病気に対する抵抗力を発達させ始めています。
ではここで、オーストラリアに多くのウサギが生息しているにもかかわらず、なぜ店頭で野生のウサギ肉がほとんど見られないのかという、最初の疑問に立ち返りましょう。
家畜のウサギ肉が高価な理由

オーストラリアで肉製品として販売されているウサギの大部分は、家畜のウサギに由来しており、多くの場合、鶏と同様にケージで飼育されています。ただし、野生のウサギの個体数を制御するためにこれまで使用されてきたウイルスが蚊などの吸血昆虫によって運ばれるため、家畜のウサギにはワクチン接種が必要となります。このワクチンは1回あたり10ドル(約 1,497.9円)、獣医による接種にはさらに30ドル(約 4,493.7円)がかかり、農場全体のワクチン接種には少なくとも4万ドル(約600万円)の費用が必要です。
この高額な費用が、オーストラリアにおけるウサギ肉の価格を大幅に引き上げる一因となっています。その結果、2004年から2014年にかけてウサギ農場の数は80軒からわずか4軒に減少し、飼育されているウサギの数も数千匹程度にとどまりました。このことにより、ウサギ肉は希少な食材となり、価格も非常に高額になったのです。そのためオーストラリアでは主に高級レストランでのみ提供されています。
また、オーストラリアではウサギを飼育するには登録と公式の許可が必要で、違反した場合、最大44,000(約 6,590,760円)ドルの罰金が科されることがあります。
野生のウサギ肉の問題点

その一方で、野生のウサギ肉には問題があります。ひとつの大きな障壁となっているのは、野生のウサギはすべてウイルスに感染している可能性が高く、また、そのほかの寄生虫や感染症を保有している可能性もあるため、食品安全規制により、認可された屠殺場で処理されていない限り、野生の肉を人間の食用に使用することが禁止されている点です。この規制により、ハンターが野生で捕獲したウサギを地元の食品会社に転売することが制限されています。(ただし、一部、野生の狩猟肉を専門に扱う業者も存在します。)
第二に、野生のウサギの肉は硬く、筋が多いため、料理には向いていません。また、わずかに獣臭を持つことがあります。家畜のウサギは体重を早く増やすように飼育されており、主にケージで育てられているため、野生のウサギのように筋肉を活発に使用していません。その結果、鶏肉に似た柔らかい食感の肉となります。この柔らかな肉は、シェフや家庭の料理人にとって技術が少なくても簡単に調理できるため、扱いやすく感じられます。それが家畜のウサギ肉の人気が高まった理由のひとつかもしれません。
さらに、病気を持っているかもしれない、野生のウサギの肉を好んで食べたいと考える人はほとんどいません。そのため、多くのオーストラリア人にとって野生のウサギは、ネズミと同様に食べる対象ではないと認識されています。
これらの衛生面での問題や文化的な背景が複合的に影響し、近年ではオーストラリアの店頭やレストランで野生のウサギ肉がほとんど見られなくなっているのです。
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