猛禽類といえば、「獰猛で怖い」「孤高で威厳がある」などといったイメージを持つかたも多いのではないでしょうか。
ところが、そんな猛禽類のイメージとは大きくかけ離れた鳥が、フォークランド諸島に生息しています。フォークランドカラカラと呼ばれるこの鳥は、猛禽類でありながら、好奇心が旺盛で、驚くほど人懐っこいことで知られています。さらに、道具を使うなど、高い知性を持つこともわかっています。彼らは帽子を奪ったり、バッグのジッパーを開けたり、人間の持ち物を調べたりすることさえあります。
それではなぜこの鳥はこれほど賢く、そして人間を恐れないのでしょうか。本記事はこの不思議な猛禽類が持つ驚くべき知性と、人間を恐れない理由に迫っています。あわせて、フォークランドカラカラの生態に迫った一冊の本もご紹介します。
フォークランドカラカラの生息地と特徴

フォークランドカラカラはハヤブサ科に属する猛禽です。この鳥は南米の南端に位置するティエラ・デル・フエゴと、そこからさらに東の沖合に浮かぶフォークランド諸島に生息しています。フォークランドではこの鳥はジョニー・ルークとも呼ばれています。
フォークランドカラカラはつやのある黒褐色の羽毛を持ち、顔はオレンジ色の皮膚がむき出しになっており、銀灰色のくちばしとのコントラストが目を引きます。背中や首、胸には白から淡い茶色の縞模様が入り、脚の上部は鮮やかな赤褐色で、まるでズボンを履いているようにも見えます。ハヤブサの仲間ですが、ハヤブサよりも大型で、翼を広げると1メートルを超えます。
「空飛ぶ悪魔」と呼ばれる理由

フォークランドカラカラはしばしば「flying devils(空飛ぶ悪魔)」と形容される鳥です。この呼び名の背景には、18世紀にこの鳥と遭遇した船員たちの記録があります。彼らが島に上陸すると、人をまったく恐れないこの鳥がどこからともなく現れ、大きな爪で食料や装備品を次々と奪っていったといいます。人間を警戒するどころか積極的に近づいてきて所持品を奪う、その大胆で予測のつかない行動が、船員たちに悪魔を連想させたのでしょう。
異例の知性と人懐っこさ

そしてこの鳥のもうひとつの際立った特徴が、猛禽類としては異例なほどの知性の高さと人懐っこさです。多くの猛禽類は警戒心が強く、単独で行動し、人間を含む見慣れないものを避ける傾向があります。しかし、フォークランドカラカラはその逆で、社交的で好奇心旺盛、いたずら好きという性質を持ちます。
高い認知能力を示す行動

その好奇心旺盛さは単なる性格ではなく、実際に高度な認知能力の裏付けを伴っています。隠された餌を探し当てるシェルゲームのようなパフォーマンスをこなしたり、色や形を認識して指定されたものを持ってきたり、鍵をくわえてトレーナーと鬼ごっこをして遊んだりする様子が観察されています。これは報酬を目的とした行動ではなく、犬のような純粋な遊びだと考えられており、その問題解決能力はオウム類に匹敵するとされています。
また人懐っこさの表れとして、罠にかけられて体重測定や採血をされた後でさえ人に近寄ってくるといった行動が記録されています。
フォークランドカラカラはハヤブサのような鋭い視力や瞬発的なスピードを持たない代わりに、旺盛な好奇心と高い社会性によって、独自の生存戦略を築いてきた鳥だと言えます。
なぜこれほど知性が高いのか?生存戦略との関係

Dixon, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
ではなぜフォークランドカラカラはこれほど高い知性を持つようになったのでしょうか。フォークランドカラカラが暮らす環境は、食料の種類・量・入手のしやすさが季節や島ごとに大きく変動します。引き潮の浅瀬で魚を捕らえたり、アザラシの糞をついばんだり、季節によっては夜間に巣穴に戻るミズナギドリ類を襲うために一時的に夜行性になったりと、その時々で戦略を変えなければ生き延びられません。
決まった獲物や決まった行動パターンに頼れないこうした環境では、単なる本能や反射的な行動だけでは対応しきれず、観察力と好奇心を駆使して常に新しい食料源を見つけ出す能力が生存に直結します。このような予測不能性こそが、カラス科やヒヒ、アライグマなど、大きな脳を持つ社会的なジェネラリスト動物に共通して知性が進化した背景だと考えられています。
雑食的で機会主義的な食性

実際の食性を見ても、この種がいかに雑食的で機会主義的かがわかります。腐肉、海鳥、海洋哺乳類の幼獣、無脊椎動物、盗んだ卵、家畜、さらには人間の食べ残しのパンまで口にします。ペンギンやアホウドリ、オットセイのコロニーでは、狩りと死肉あさりの両方を行い、時には小さな群れで協力して大型の動物を取り囲んで襲います。海藻の下に潜むケルプバエの幼虫を掘り出したり、丘の草地からミミズを掘り当てたりと、獲物を探し出す技術そのものが生存の鍵になっているのです。
長い未成熟期間と社会的学習

フォークランドカラカラが性成熟するまでには4年ほどかかり、これはハヤブサの約2倍にあたります。この長い未成熟期間の間に、仲間の行動を観察し模倣しながら、島や季節ごとに異なる食料事情に対応するすべを学んでいきます。社会的学習によって、個々の失敗や成功の経験を群れ全体で共有できるため、遺伝的な進化を待たずに新しい環境に適応できるのです。
好奇心が生存戦略になった環境

この生息地では、海が絶えず見慣れない生物や漂着物を岸に運んできます。それが食べられるものかどうかを確かめるには、警戒よりもまず「近づいて調べる」好奇心が必要になります。帽子を奪って飛び去ったり、バックパックのジッパーを開けたり、罠にかけられて採血された後でさえ人に近寄ってくるという行動は、危険を避けることよりも新奇なものへの関心を優先する性質の表れです。この孤絶した島という環境では、自己防衛本能よりも好奇心の方が生存上重要だった可能性があります。
人懐っこさの代償——迫害の歴史

一方で、この人懐っこさは代償も伴いました。子羊を襲うことから羊農家に敵視され、1908年にはフォークランド諸島政府がくちばしに報奨金をかけて組織的な駆除を行い、1960年代までに個体数は激減し、人がほとんど訪れない島にしか残らなくなりました。それでも数十年にわたる迫害を経てなお、彼らは人懐っこい性質を失いませんでした。これは、人間との遭遇も含めた見たことのないものへの好奇心という、進化的に根づいた特性がそれだけ強固だったことを示していると考えられます。
参考書籍『空飛ぶ悪魔に魅せられて』の紹介

今回、フォークランドカラカラについて調べるにあたって参考にしたのが、著書『空飛ぶ悪魔に魅せられて:謎の猛禽フォークランドカラカラをめぐる旅』です。
フォークランドカラカラに魅せられた著者が、ティエラ・デル・フエゴの海岸からガイアナの熱帯林まで旅をし、近縁種を調べながら、今回の記事で紹介した、フォークランドカラカラの人懐っこさや高い知性がなぜ生まれたのかという、進化の過程に迫っていきます。
500ページ以上あるボリュームのある本で、生物に関する専門的な内容を扱っていますが、物語を読んでいるかのように、著者と一緒に冒険しているような感覚で読み進めることができます。生物が好きな人はもちろん、謎解きが好きな人にもおすすめできる一冊です。


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