アフリカの危険な木「アカキア・ドレパノロビウム」- アリと草食動物との驚くべき三角関係

生物

アフリカのサバンナに、触れることすらためらう危険な木があることをご存じでしょうか?一見すると普通の木に見えるこの植物、「アカキア・ドレパノロビウム(学名: Vachellia drepanolobium)」は、鋭いトゲだけでなく、その根元には驚くべき生態系を秘めています。この木に住むアリたちは、自分たちの巣を守るためにキリンやゾウにまで攻撃を仕掛けるのです。本記事はそんな自然界の「戦略家」、アカキア・ドレパノロビウムの生態とアリ、草食動物との複雑な関係について詳しく説明しています。

アカキア・ドレパノロビウムとは

Наумов АндрейCC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

アカキア・ドレパノロビウムは、ケニアやタンザニアなどアフリカに分布するマメ科の樹木の一種で、高さは1〜6メートルの低木あるいは高木になります。特にケニアにおいては、高原地帯の粘土質の土壌を好み、標高1300〜2100メートルの高地において最も多く見られます。

この木は1908年に Acacia drepanolobium として記載され、この学名で長らく知られていました。しかし近年、一部の専門家により分類の見直しが進められ、アカシア属はオーストラリア産の種のみを含むよう再定義され、それ以外の種は他属に移される動きがありました。その結果、本種は2008年に Vachellia 属に移されました。

恐ろしいトゲの秘密

Muséum de Toulouse CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この木の枝には、1.5〜6センチメートルのまっすぐで灰色、あるいは白っぽい色のトゲが無数に生えています。しかし、この木が恐ろしいのはトゲのためだけではありません。このトゲの根元には、紫色から黒色の大きく膨れたコブがあります。

このコブは空洞になっており、開いた穴に風が当たると口笛のような音が鳴る場合があるため、この木は英語で「Whistling Thorn(口笛トゲ)」と呼ばれています。このコブは初め柔らかく緑色をしていますが、アリたちがこの穴を噛んで内側を空洞にして巣を作ります。そうすると時が経つにつれてコブは硬い色となり、硬化して防御力が上がるため、アリにとって快適な住処となるのです。

アリとの共生関係

 シリアゲアリ属の一種/ © AntWeb.org

アカキア・ドレパノロビウムは、アリに住処を提供するだけでなく、蜜を分泌してアリに餌として与えています。では、なぜこの木はこのようにアリたちに対して高待遇なのでしょうか?

実は、このアリたちは他の植食性の昆虫を捕食したり、物理的な攻撃で追い払ったりしてくれているのです。さらに、アカキア・ドレパノロビウムはキリンに好まれよく食べられますが、アリたちはキリンなどの植食性哺乳類すらも攻撃します。

この木に主に住んでいるのは、シリアゲアリ属のアリたちです。シリアゲアリ属のアリの多くは尻尾の先に毒を持ち、その名の通りサソリのようにお尻を上げて敵を威嚇し、刺したり毒液を飛び散らせたりします。このアリの毒はスズメバチの毒と同様、タンパク質やペプチド、その他の生理活性物質の混合物で、シリアゲアリ属のアリの中でも大型種では刺された時にスズメバチと同程度の激しい症状を引き起こすものもいます。

驚くべき防御システム

Pharaoh hanCC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

大型の草食動物が葉をむしり取る時に出る振動はとても強力なため、一瞬にして木全体に伝わります。アリはこの時に出る振動を認識しており、また風で揺れる振動と区別することができます。そうして普段あちこちに散らばっていたアリたちは、その刺激を受けて守りの体勢に入ることができるのです。

さらに、この時アリは振動源の方向も捉えることができ、その方向にお尻を上げて敵に立ち向かいます。そして、アリがキリンの顔や首にかかって毒針で刺すことで、キリンは長時間一つの木ばかりを狙うことができず、食べ過ぎが抑制されているのです。

アリ、草食動物、アカキア・ドレパノロビウムの複雑な三角関係

生物学者たちは、蜜がアリにとっての「みかじめ料」の役割になっているのではと考えています。アカキア・ドレパノロビウムは、ゾウやキリンなどの大型草食動物による食害を阻止する戦略において、トゲを身につけるのに加え、アリと利益を交換し合う共生をすることを選んだのです。

しかし、この木とアリとの関係はさらに複雑です。ケニアのある場所では、複数種のアリがアカキア・ドレパノロビウムの独占的な所有をめぐって競争しています。

そのうちの「クレマトガスター・ミモサエ(Crematogaster mimosae)」は、アカキア・ドレパノロビウムに最も一般的に見られるアリで、この木と最も強い共生関係を持ちます。調査によると、彼らの割合は全体の約52%を占め、アカキア・ドレパノロビウムを積極的に外敵から守ろうとします。彼らの栄養分は蜜に大きく依存しているため、この木を命がけで守る必要があるからです。

一方、「クレマトガスター・ショーステッティ(Crematogaster sjostedti)」は全体の約16%を占めていますが、ミモサエと比較して、この木を積極的に守ろうとしません。彼らは巣として使用するのではなく、この木の幹に害虫によって作られた穴を利用としています。害虫が木の幹に大きな穴を開けますが、これらの空洞はその後、クレマトガスター・ショーステッティの巣になります。

アカキア・ドレパノロビウムは大型草食動物にあまり食べられないと、必要がないため、アリたちに提供する蜜の量を減らします。

すると、最もこの木に依存していたミモサエは勢力を失い、それに代わってショーステッティによって占有されるようになります。ショーステッティは害虫によって作られた穴を巣とするので、この木の蜜を必要としないからです。それどころか、ショーステッティは害虫が木に穴を開けるのを手助けし、促進させます。

その結果、木は健康を失ってしまいます。これにより、この木を食べる草食動物がいなくなると、木にとっては有益になるはずなのに、木とアリたちの間の相利関係が崩壊するという逆説的な現象が起きてしまいます。

このように、木、アリ、草食動物には奇妙な三角関係が成り立っているのです。この複雑な関係は、生態系における相互依存の繊細なバランスを示す興味深い例といえるでしょう。

パタスモンキーとの関係

この危険な木に積極的に近づこうとする動物がいます。それが、霊長類最速を誇るパタスモンキーです。このスピードは、アカキア・ドレパノロビウムを好んで食料にすることから得られました。

アカキア・ドレパノロビウムはサバンナにおいて広範囲にわたって点在しているため、パタスモンキーは長距離を走ってこの木を見つける必要がありました。その結果、彼らは足が速くなるという進化を遂げたのです。

パタスモンキーは食料の実に4分の3をアカキア・ドレパノロビウムに依存しています。彼らはカルシウムや鉄分、マグネシウムなどミネラルを豊富に含んだこの木の樹液を食料とします。しかし、最も好むのはコブの中に住むアリです。小型の猿では開けられない頑丈なコブを、パタスモンキーはこじ開けて食べてしまいます。彼らはほとんどこのアリのみで十分なタンパク質を摂取しているのです。

人間との関わり

NinaraCC BY 2.0, via Wikimedia Commons

人間もこの木を利用しています。ケニアでは新鮮なコブは食用となり、甘味のほか、かすかな苦味があるため、現地の人たちに好まれます。ただ、若くて緑色のものは苦く分泌液が多いため、熟して赤紫色となり、中が空洞化してからが食べ頃となります。

さらに、樹皮の繊維も甘みを帯びた苦味を持つため、ケニア南部にある都市ナマンガで珍味として味わわれます。そして枝は柵作りに用いられ、成木は薪として打って付けであり、また新鮮で柔らかいコブは家畜のヤギやラクダ、それに牛やロバの飼料として優れています。他にも木炭づくり、薬用植物といった使い道もあり、その用途は様々です。

まとめ

アカシア・ドレパノロビウムは、単なる危険な植物ではなく、アフリカのサバンナ生態系において重要な役割を果たしている興味深い存在です。アリとの共生関係、草食動物との攻防、そして人間による利用など、多面的な関係性を持つこの木は、自然界の複雑さと美しさを教えてくれます。

もしアフリカでこの木を見つけた場合は、その美しい共生システムを尊重し、安全な距離から観察することをお勧めします。自然界の驚くべき適応戦略を目の当たりにすることで、地球上の生命の多様性と素晴らしさを改めて実感することができるでしょう。

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