欧米で爆増中の上海ガニが食べられていない理由

生物

中国では高級食材として知られる上海ガニ。しかしその一方で、ヨーロッパや北アメリカでは外来種として増え続け、深刻な問題を引き起こしています。このカニは現地の在来種と競合したり、生態系をかき乱したりするだけでなく、堤防や水利施設を壊したり、漁業にも被害を与えたりと、さまざまな悪影響をもたらしているのです。

それなら、「食べて減らせばいいのでは?」と思うかもしれません。しかし実際のところ、欧米ではそう簡単にはいかない理由があるのです。本記事ではなぜ欧米で上海ガニが食べられていないのかについて解説しています。

上海ガニ:その侵入と拡散の歴史

Christian FischerCC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

上海ガニ、正式にはチュウゴクモクズガニと呼ばれるこの種は、中国および朝鮮半島東岸部原産の淡水ガニです。このカニが初めてヨーロッパに持ち込まれたのは1900年代初頭であり、その原因は商船によるものと考えられています。船舶は安定を保つためにバラスト水タンクに海水を取り込みますが、これが上海ガニの産卵期と重なっていた可能性があります。

上海ガニは両側回遊性という特殊な生活史を持っており、幼生は海でふ化し、成長とともに川を遡上して淡水域で生活し、成熟後は産卵のために再び海へ下るというサイクルを繰り返します。

上海ガニの幼生は浮遊性を持ち、大きさが約1.7~5ミリメートルと非常に小さいため、バラスト水に紛れて容易に運ばれたと考えられます。こうして船がヨーロッパに到着し、バラスト水が排出されることによって、そこに紛れていた幼生も放出されます。これを繰り返すことで、時間の経過とともにヨーロッパで個体群が増加し、現在ではヨーロッパ大陸だけでなく、イギリス、そしてアメリカ合衆国などでも確認されています。ちなみに日本国内での定着は確認されていませんが、過去に東京湾で生きた個体が発見されたことがあり、野外へ逃げて繁殖してしまう可能性が懸念されています。

爆発的に増える理由

GerardM at Dutch Wikipedia & Ron OffermansCC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

上海ガニの爆発的な増殖を支えているのが、彼らの持つ生態的特徴です。上海ガニは泥の中に巣穴を掘って潜む性質があり、汚染された川や都市部の排水が混じるような場所でも問題なく生き延びることができます。さらに水中だけでなく湿った地面を歩いて移動できるため、離れた場所にも広がる可能性があります。

また、雑食性で、植物や小動物、さらには他の水生生物の卵なども食べるため、食糧資源にも困りません。繁殖力も非常に高く、成熟した雌は海へ移動すると最大で3回の産卵を行うことができます。そして、1回の産卵で産まれる卵の数は50万個から100万個にも達します。

こうした高い環境適応力によって上海ガニは欧米で急速に広がり、生態系だけでなく、インフラにまで深刻な影響を与えています。彼らの泥の中に巣穴を掘る習性は、堤防や河川の構造を弱体化させ、浸食を引き起こすことがあります。特にドイツでは堤防の損傷が問題視されており、修復に多額の費用がかかるケースも報告されています。

さらに、排水路や灌漑設備に侵入することで詰まりを引き起こし、水の流れを妨げるため、都市部の水管理や農業に影響を及ぼすことがあります。また、漁業関係者にとっては、上海ガニが漁網を破るなどの被害をもたらし、漁業資源への負担となることも指摘されています。その影響の大きさから、国際自然保護連合(IUCN)は上海ガニを「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定しています。

なぜ欧米人は上海ガニを食べて減らそうとしないのか?

欧米で上海ガニがなかなか食材として定着しない背景には、食文化の違いに加え、生態系への懸念、捕獲や流通の課題など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。

まず大きな理由として、中国と欧米のカニの食べ方に対する価値観の違いが挙げられます。上海ガニは甲羅の幅が6~8cm、体重が150~250グラムほどと、ズワイガニやタラバガニに比べてかなり小型です。しかし、そのサイズとは裏腹に、甲羅の中に詰まった濃厚なカニ味噌や卵巣・精巣の部分がとても美味しいことで知られています。

定番の食べ方は蒸したカニを黒酢や生姜醤油につけて味わう方法で、特に秋から冬にかけて旬を迎えると、高級食材として珍重されます。中国の一部地域では年に一度は絶対に食べたい贅沢として人気があり、行列ができるほどの盛況ぶりです。

中国国内には多くの養殖場があり、産地や品質によって価格に大きな差が生まれるほど市場は成熟しています。実際、年間何万トンもの上海ガニが消費されており、上海や江蘇省などでは「カニ祭り」が開催されることもあります。また、ギフト用の高級詰め合わせセットや通販によるお取り寄せも盛んで、中には1杯数千円から1万円以上するブランドガニも存在するほどです。そのあまりの値段の高さのために産地偽装が行われることもあります。

日本人の味覚にも合う上海ガニ

上海ガニは日本人の味覚にも非常によく合うカニとして知られています。特に甲羅の中に詰まった濃厚なカニ味噌や卵巣・精巣の部分は、毛ガニやワタリガニを好む日本人にとってもなじみ深く、蒸して黒酢や生姜醤油で食べるという中国式のシンプルな調理法は、日本の酢の物文化とも近いものがあります。

ただし、日本で上海ガニとして流通しているものの多くは、中国から輸入された冷凍品です。これは、日本の生態系への影響が懸念され、特定外来生物として規定されていることから、生きたままの輸入が原則で禁止されているためです。違反すると個人の場合は3年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人の場合は1億円以下の罰金が科される可能性があります。

ただ、上海ガニは冷凍されると風味や食感が落ちる傾向にあります。また、日本でもごく一部で養殖されていますが、これは商業用の食材としてではなく、学術的・管理的な目的が主で、市場に流通することはほぼありません。これらの背景から、日本国内の飲食店では在来種であるモクズガニを上海ガニの代替品として提供するケースもあります。モクズガニは上海ガニと同じモクズガニ属に属しており、味や食感が似ています。

ヨーロッパ市場での人気のなさ

その一方で、ヨーロッパ市場では上海ガニの人気はあまり高くありません。フランスやスペインの沿岸地域ではシーフード料理にカニの内臓の豊かな風味を活かすこともありますが、多くの消費者は爪や脚の身を好む傾向にあります。そのため、アジアほどカニ味噌が広く消費されることはありません。

特に、ヨーロッパではズワイガニやタラバガニのように太くて取り出しやすい脚の身が好まれ、甲羅の中身をすくいとる食べ方は面倒であったり、見た目がグロテスクだと感じられることがよくあります。さらに、もともと上海ガニは小ぶりで身の量が少ないうえ、中国の養殖ものと違い、罠にかかった個体の多くは幼生であり、成熟した個体と比べて身がより少なく、味も未熟なため食用には適していません。その要素も相まって、ヨーロッパではほとんど消費されることがないのです。

衛生面での懸念

ヨーロッパに侵入した上海ガニには衛生面での懸念が示されています。上海ガニは汚染された水域でも生存できる驚異的な適応能力を持ち、カドミウムや水銀などの重金属を体内に蓄積することが知られています。そのため、安全に食用とするには養殖による徹底した管理が不可欠ですが、欧米で繁殖している個体の多くは都市部の汚染された河川や港湾に生息しています。

特に、ドイツのエルベ川やシュプレー川では大量発生が確認されていますが、これらの水系は過去に工業排水や農薬の影響を受けており、安全性に対する懸念が残っています。さらに、上海ガニは寄生虫の媒介リスクを抱えており、特に肺吸虫を持っている可能性があります。この肺吸虫に感染すると、人間は結核に似た症状を引き起こすことがあるため、不十分な加熱処理での食用は危険とされ、慎重な処理が求められます。

ただ、2008年の研究による報告書では、イギリスのテムズ川に生息する上海ガニには肺吸虫が寄生していないことが判明しています。さらに、その他の検査結果からも、食用として捕獲すること自体を完全に禁止するほどのリスクはないと結論づけられました。この報告書では上海ガニの個体数を減らすことで、地元の漁師に経済的な利益をもたらす可能性があると指摘されており、その影響もあり、ロンドンの高級中国料理店ではテムズ川産の上海ガニを活用する動きが出てきています。

規制と流通の課題

上海ガニは侵略的外来種であるため、ヨーロッパの一部の国ではその管理や漁獲に関する規制が設けられています。しかし、完全に漁獲が禁止されているわけではなく、イギリスでは無許可での漁獲が規制されているものの、環境庁のライセンスを取得すれば捕獲が可能です。

また、ドイツでは漁師が上海ガニを現地の中華料理店に卸すという方法を考案し、アジア系スーパーやレストラン向けに1kg当たり5から8ユーロ、約500から800円で販売する動きが出てきています。さらに、上海ガニは逆輸入の形でオンライン販売されるケースも出ています。

とはいえ、ドイツから中国への輸入は厳しい規制に阻まれており、検疫合格証を提出する必要があり、事業を行うためには厳しい経営基準を満たすことが求められているため、大規模な水産会社は提携に関心を示していません。それに、人件費の高さやカニ捕獲の専門スタッフ不足といった問題もあり、逆輸入の試みは一部の業者のみが進めている状況です。こうした規制や流通の難しさが影響し、ヨーロッパ産上海ガニの国際市場での展開は限定的なケースにとどまっています。

環境保全との兼ね合い

また、上海ガニ市場の拡大は、個体群の維持や他地域への導入につながる可能性があるため、一部の研究者は生態系保全の観点から慎重な検討を求めています。特に生きたままの流通は分布拡大のリスクが高く、上海ガニは成長と繁殖が速いため、管理が困難であり、環境への悪影響が広がる可能性も指摘されています。

例えば、フランスのある料理店では侵略的外来種を食材として活用する試みが行われていますが、これは単なる大量消費の推奨ではなく、生態系への影響を考慮しながら、意識的な関係を築くことを目的とした取り組みです。

アメリカでの厳重な対策

上海ガニ市場の拡大に対して、アメリカではより厳重な対策が講じられています。生きた上海ガニの輸入・輸送・所持は原則として違法とされており、これは偶発的な放出や逃走によって広がるリスクを防ぐための措置です。

また、一部の州では上海ガニに対する独自の規制が設けられており、カリフォルニア州では条件付きで漁獲が許可されているのみで、その管理は厳しく行われています。サンフランシスコベイエリアではモクズガニの増殖を防ぐために「クラブジラ」と呼ばれる巨大な回転式装置が導入されました。高さ約5.5メートルにも及ぶこの装置によって約100万匹のカニが捕獲され、粉砕された後、肥料として利用されています。

未来への取り組み

TIUCHOITHIA LukCC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

また、一部の国では、捕獲したカニを家畜飼料やペットフードの原料として活用する試みが始まっています。カニの殻や筋肉にはタンパク質・カルシウムが豊富に含まれており、乾燥・粉砕処理を経て魚類養殖の餌や犬猫用の栄養補助食品に転用する研究が進められています。

カニの殻からキチン・キトサンといった有用成分を抽出し、医薬品・化粧品・食品添加物として再利用する研究も進められています。このような高度利用はまだ実用段階には達していませんが、害とされる外来種を資源として捉え直す重要な一歩となるでしょう。

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