オーストラリアでは間もなく、廃棄物問題と環境保全のため、何億匹ものウジ虫が国中に配られようとしています。それではこの取り組みとは一体どのようなものなのでしょうか?
アメリカミズアブとその飼育

オーストラリアで注目されているこのウジ虫は、アメリカミズアブというハエ目ミズアブ科に属する昆虫の幼虫です。成虫の体長は約15~20mmで、黒い体色と半透明の羽を持ち、名前の通り北米や中米を原産地としています。この幼虫は現在、世界中で最も一般的に飼育される昆虫となっており、特定の飼育手順も確立されています。
アメリカミズアブの養殖場では、成虫が産卵しやすい環境が徹底的に整えられています。例えば、室温は20から30度、湿度は80%以上に保たれており、これにより、1匹のメスは最大600個の卵を産むことができます。
そして、孵化した幼虫は、主に食品廃棄物や家畜の排せつ物を餌に急速に成長します。アメリカミズアブは1日に自分の体重の2倍もの食物を消費し、わずか6日で最大体重に達する驚異的な生物です。
しかし、こうして育てられた幼虫は決して成虫になることはなく、彼らにはまったく異なる運命が待っています。
ではなぜオーストラリアはこれほど多くのウジムシを育てているのでしょうか?それには、廃棄物問題と環境保全が大きく関わっています。
ゴテラ社の成り立ち

キャンベラに拠点を置くゴテラ社は、2016年に設立されたスタートアップ企業で、ロボット工学を駆使した昆虫農場を運営しています。この農場では、大量のアメリカミズアブの幼虫が飼育されており、現在ではオーストラリア最大の昆虫農場として注目を集めています。しかし、この成功した取り組みの始まりは、偶然とも言えるものでした。
ゴテラ社の創設者であるオリンピア・ヤーガーは、元々放牧養鶏場を設立する計画を立てており、鶏のための、安価で栄養価の高い飼料を探していました。そんな中、彼女はインターネット検索を通じて昆虫飼料という選択肢に辿り着きます。昆虫は飼料の代替品として有望であると考えた彼女は、アメリカミズアブの飼育を試みることにしました。
しかし、最初に計画していた養鶏場の設立が実現することはありませんでした。飼育が進むにつれて、幼虫の数は着実に増加しましたが、それに伴い、農場運営費の約70%が幼虫の餌代に充てられていることが明らかになったのです。
この問題に直面したオリンピアは、画期的なアイデアを思いつきました。それは、幼虫の餌にわざわざ費用をかける必要はなく、人々が不要と考える食べ残しや食品廃棄物を活用すればよいというものです。この方法なら、完全に無料で餌を手に入れることができます。
さらに、食品廃棄物を農場へ運ぶ手間や費用を削減するため、廃棄物を出す食品会社などに幼虫を直接届けるシステムを構築しました。こうして、ゴテラ社の効率的で持続可能な廃棄物処理システムが生まれたのです。
食品会社に届けられるゴテラ社のコンテナには、それぞれ約1,500万匹の幼虫が収容されています。このコンテナにはロボットが搭載されており、食べ残しや食品廃棄物を投げ入れると、自動的に幼虫に餌を与え、必要に応じて廃棄物の仕分けもおこなってくれるのです。さらにこのシステムは、幼虫の成長を管理するために情報を収集し、餌が日々確実に供給されるように設計されています。
そして、幼虫は廃棄物を食べることで、それを低毒性で非常に価値のあるタンパク質に変換し、最終的には肥料として利用されるのです。このプロセスはわずか12日間で完了します。従来の堆肥化には通常、16週間が必要であるため、これがどれだけ効率的かは明らかです。
実用化される廃棄物処理システム

このシステムはすでに実用化されています。例えば、この装置はシドニーのウールワース・スーパーマーケットで稼働しており、2022年11月の時点で35,000トン以上の廃棄物が処理されました。
また、ダーリングハーバー近くにある、878室を擁するオーストラリア最大のホテル、ハイアットリージェンシーもこのシステムを導入しました。ハイアットリージェンシーはこの方法で食品廃棄物を処理する世界初のホテルとなっています。
アメリカミズアブの利点

さらに、幼虫には好き嫌いがなく、あらゆる種類の食品廃棄物を摂取できます。彼らはオフィスやレストラン、パン屋から出る廃棄物、カフェのコーヒーかす、もみ殻のような農業副産物など、なんでも消費することが可能です。
しかも、アメリカミズアブは他の有害なハエやアブとは異なり、成虫には口がないため、摂食を行うことができません。一般的なアブの中には、吸血行動を行う種類が存在し、これらは時に人にとって危険となる場合があります。例えば、ウシアブなどの一部のアブは、吸血によって皮膚を傷つけたり、場合によっては病原菌を伝播したりする可能性があります。
しかし、アメリカミズアブにはそのような感染症を媒介するリスクがなく、人に対して安全とされています。この特性が、繁殖対象として選ばれた理由のひとつです。
埋め立て地への活用

スーパーマーケットなどから集めた食品廃棄物を処理するだけでなく、埋め立て地の廃棄物を対象とした試験も進められています。この計画の目的は、幼虫が約600トンもの食品廃棄物を動物の飼料やその原料に変換し、効率的にリサイクルすることです。
廃棄物をそのまま埋め立て地に放置すると、大量のメタンガスが発生してしまいます。このガスは温室効果ガス排出量全体の約8%を占めており、そのため、気候変動への影響が懸念されています。
こうした問題に対応する新しい解決策として、この幼虫を活用するシステムが登場しました。さらに、この取り組みは経済的にも優れており、不要だった廃棄物を新しい価値ある製品へと変換することが可能です。
すべてが計画通りに進めば、廃棄物とメタン排出量の削減が同時に実現するだけでなく、食品生産にも貢献するという、一石二鳥の効果が期待されています。これに加え、埋め立て地の必要性が減少することで、新たな土地利用が可能になります。
幼虫や排泄物の利用

幼虫がその役割を果たした後の処理も重要です。生後17日目になると幼虫の飼育が終了し、次のプロセスに進みます。処理室に送られた幼虫はまず、糞と分離され、水で洗浄して清潔な状態にされます。その後、二酸化炭素を使用して安楽死され、脱水工程を経て家畜飼料として利用されるのです。
この幼虫のタンパク質は、家畜だけでなく、鳥や魚にも適しています。さらに、メラニン、キチン、ラウリン酸も豊富に含まれているため、化粧品などの産業用途で活用されています。
また、幼虫が廃棄物を食べる間に生成される排泄物も肥料として価値が高く、窒素、リン、カリウムを豊富に含むため、農家や園芸業者、水産養殖業者などに需要があります。
今後の課題とこれからの取り組み

この非常に有用なアメリカミズアブですが、大規模に活用するにはいくつかの課題も存在します。例えば、幼虫が効率的に成長するためには適切な温度や湿度が必要であり、寒すぎると成長が止まり、高温では死んでしまうリスクがあります。
また、野外では鳥や他の動物による捕食の問題もあり、大量の幼虫が失われてしまう可能性がありま。
これらの課題を克服するため、制御された環境での飼育が重要です。
アメリカミズアブの利用はすでにオーストラリアだけでなく、ほかの国々でも実践されています。たとえば、インドネシアでは各家庭に幼虫を導入し、家庭内で食品廃棄物を処理する取り組みが推進されています。このように、地域全体での分別や運搬の負担を軽減しながら、廃棄物管理の効率化を実現しているのです。
最終的には、この幼虫活用システムが食品廃棄物の削減や環境保全に役立つだけでなく、持続可能な社会の構築にも寄与することが期待されています。
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