最も美味しい栗アメリカグリがスーパーに並ばない理由

植物

クリは日本で古くから親しまれてきた秋の味覚で、栗ご飯や焼き栗など、多くの人に愛されている大人気の食材です。実は、アメリカにもアメリカグリと呼ばれる在来種のクリが存在します。しかもその実は非常に美味しく、冬になると街角の屋台で焼き栗が売られ、市民の定番のおやつとして親しまれていました。しかし現在、そのクリは一般的なスーパーではまず見かけません。一体なぜなのでしょうか。本記事はアメリカで最も美味しいと言われたクリがスーパーに並ばない理由を解説しています。

この記事の要約

  • アメリカグリはかつて北米東部の森林で最も数の多い樹木であり、食用・木材ともに高く評価されていた
  • 20世紀前半、アジア由来の菌による「クリ胴枯病」が大流行し、30億〜40億本ものアメリカグリが枯死、現存する成熟木はわずか4本にまで激減した
  • 現在のアメリカのクリ市場は中国グリなど輸入・栽培種が中心となっており、研究者たちは病気に強いアメリカグリを復活させるための交配育種などの取り組みを続けている

アメリカグリとは

Choess, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

アメリカグリ(Castanea dentata)、は、アメリカ北東部を原産とするブナ科の落葉広葉樹です。大型で成長が早く、メイン州に生育する個体は高さ35メートルにまで達していました。日本のクリと同じように、アメリカグリは1本の木にオスの花とメスの花が両方咲く、雌雄同株の植物です。

さらに、オスの花が先に成長する雄性先熟という仕組みにもなっています。オスの花は、晩春から初夏にかけて、長さ15センチから20センチほどの紐のような形をした部分に、淡い緑色、あるいは白に近い小さな花をびっしりと咲かせます。そして、この雄花が花粉を出し始めてから、少し遅れてメスの部分が花の根元に現れます。また、アメリカグリは自分の花粉では実を作ることができない自家不和合性という性質があるため、中身の詰まった実を実らせるには、近くに別のクリの木がもう1本必要になります。こうして無事に受粉すると、お馴染みのイガに包まれた美味しい栗の実が育ちます。

アメリカグリは実をよく結ぶ木で、野生では樹齢8から10年ほどで花を咲かせて実をつけ始めます。日本のクリと同じように、アメリカグリのイガには通常3つの実が入っており、秋の初霜のころに木に付いたまま開き、その後、実が地面に落ちます。一方で、実は日本のクリよりやや小ぶりで、それぞれ淡褐色のビロード状の薄皮に包まれています。

アメリカグリの利用

The original uploader was Peatcher at German Wikipedia., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

アメリカグリは北米の多くの先住民族にとって重要な存在でした。山岳地帯のネイティブアメリカンはアメリカグリをよく利用し、栗粉をトウモロコシと混ぜてパンのような主食をつくっていました。人々は栗を集めて売ったり交換したりし、時には煎った栗をコーヒーのように使っていました。

アメリカグリはカロリーが豊富で、ビタミンCや抗酸化物質に富み、葉には他の地域の樹種よりも高濃度の必須植物栄養素が含まれています。そのため、人々の食料としてだけでなく、狩猟対象となる野生動物の食料源としても、また、伝統医療の素材としても活用されていました。

入植者にとっても、アメリカグリの実は重要な経済資源となりました。19世紀後半の新聞には、アメリカグリを満載した貨車が主要都市へ向かい、生食用や焼き栗として販売される様子がたびたび取り上げられています。収穫期がちょうど年末年始と重なることから、街角の屋台から漂う焼き栗の香りはクリスマスを連想させるものだったといわれています。

その味はヨーロッパグリや中国グリよりも優れているとされ、格別な甘さと食感で知られていました。

さらに、アメリカグリは食用としてだけでなく、木材としても非常に重要な資源でした。木目が通っていて強く、加工しやすいうえ、タンニンを豊富に含むことから腐朽に強く、家具・フェンス・屋根板・床材・建築材・電柱・合板・製紙用パルプなど幅広い用途に使われていました。また、オークより成長が早いことから商業的価値も高かったといわれています。

これほどまでに人々の生活や文化に深く関わり、かつ高い評価を受けていたアメリカグリが、なぜ現在では一般に流通していないのでしょうか。

クリ胴枯病による壊滅的被害

その背景には、ある病気による壊滅的な被害があります。かつて、アメリカグリは東部落葉樹林の生態系において、最も数が多く、中心的な存在となっている樹木でした。これは、リスがニューイングランドからジョージア州まで、アメリカグリの枝の上だけを伝って移動できると言われていたほどです。

しかし、20世紀の前半から半ばにかけて、アジアから持ち込まれた菌が原因のクリ胴枯病という病気が流行し、壊滅的な被害を受けました。この菌は、19世紀の後半に、日本産のクリの木が北米に持ち込まれたことで広がりました。

クリ胴枯病が最初に確認されたのは1904年のことで、当時ニューヨーク動物公園(現在のブロンクス動物園)において、主任林務官のヘルマン・メルケルが発見しました。メルケルは1906年までにこの病気がブロンクス区のクリの98%に感染したと推定しています。

アジアのクリ属の種はこの病気と共に進化し、強い耐性を発達させましたが、アメリカグリはほとんど耐性を持っていません。空気中を漂うこの菌は年間80キロメートルの速さで拡散し、20世紀前半の間に30億から40億本ものアメリカグリを枯死させてしまいました。その結果、かつての分布域内に現存する成熟したアメリカグリはわずか4本となっています。

クリ胴枯病は地上部のみを枯らすため、今も古い切り株や根から新しい芽が伸び続けています。しかし、これらの芽のほとんどは再び病気に感染し、高さ6メートルを超える前に幹の周りの皮が死んで枯れてしまいます。このように実を結ぶほど大きく育てない状況から、本種は機能的絶滅種に分類されています。機能的絶滅種とは、個体がわずかに残っているものの、繁殖や生態系における本来の役割を十分に果たすことができず、実質的にはその機能を失った状態にある種を指します。アメリカグリも個体は残っているものの、自然条件下では十分に繁殖・更新できない状況にあります。

被害が出始めた初期、病気になった木を急いで切り倒したことで、実は病気に強かったはずの木まで一緒に切り進めてしまい、被害をさらに広げた可能性があります。また、薬をまく方法や、病気の部分を削り取ったり木を伐採したりする方法などが試されましたが、すべて失敗に終わりました。その後、法的な規制で病気の拡大を防ごうとしましたが、生き残った木がバラバラに孤立したことで子孫を残しにくくなり、その地域から完全に消え去るリスクがさらに高まりました。

現在、本来の生息地でアメリカグリが10年以上生き延びることはほぼ不可能です。原因である菌は、病気にならないオークの木に寄生して生き残り続けており、そこから近くのアメリカグリに感染して約1年で枯らしてしまいます。さらに、森に点在する無数の切り株や生きている株にもいまだに菌が潜んでいるため、フロリダ州とイリノイ州では、すでにその地域から完全に消滅したとみなされています。

現在、大型の木が残っているのは本来の生息地ではなく、過去に人の手で植えられたごく限られた地域です。特に菌が広がりにくい西海岸などでは、例外的に数百本の大木が残っています。

アメリカグリを脅かす病気は、クリ胴枯病だけではありません。クリの仲間はすべてナラ萎凋病という別の病気にもかかりやすく、これに感染するとわずか数週間で枯れてしまうことがあります。さらにクリ胴枯病が広まる前から、ポルトガルから輸入されたコルクガシが原因とみられるインク病という病気が南部を中心に広がっていました。そのため、クリ胴枯病が襲ってきた時点ですでに生息エリアが狭まっていた可能性があります。今後は地球温暖化によってこのインク病の菌がさらに北上するとみられており、アメリカグリが生き残れる場所はいっそう狭まると心配されています。これがアメリカグリが現在のクリ市場にほとんど存在しない理由です。

現在のアメリカのクリ市場

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アメリカグリが姿を消した市場では、代わりに別の品種のクリが流通するようになっており、主に中国グリやヨーロッパグリなどの栽培種・輸入種によって構成されています。品種別では中国グリが約80%を占めており、収量の多さや風味の良さ、加工適性の高さから市場の中心となっています。アメリカのクリ市場は規模としては比較的小さく、2025年時点で約2,020万ドルと評価されています。今後は2034年までに2,690万ドル程度へ成長し、年平均成長率3.2%で緩やかな拡大が見込まれています。

市場の成長要因としては、健康志向の高まりが大きいです。クリは脂肪が少なく、食物繊維やビタミンCを含むことから、植物性・グルテンフリー食品として注目されています。そのため、スナックや焼き菓子、小麦粉の代替原料として利用が広がっています。また、ビーガン・ベジタリアン食の普及も需要を後押ししています。さらに、エスニック料理やグルメ料理への関心の高まりも市場拡大に寄与しています。

供給面では、かつて輸入依存が強かったものの、近年はアメリカ国内の生産が増加しつつあり、入手性が改善しています。ミシガン州、オハイオ州、カリフォルニア州などで栽培が拡大しており、冷蔵技術や加工技術の進歩も安定供給に寄与しています。また、農家協同組合や業界団体が生産拡大と流通改善を進めています。

流通面では、オンライン販売の拡大が特徴的です。農園や協同組合、小規模生産者がECサイトや直販を活用し、家庭向けにロースト栗や栗粉などの付加価値製品を提供しています。これにより、年間を通じたアクセス性が向上しています。

流通経路では小売が約40%以上を占め、スーパーマーケットや専門店、健康食品店などで販売され、特に季節需要の高まりが売上を押し上げています。地域別には、北東部では伝統料理、中西部ではファーマーズマーケット、南部では健康志向と代替食品需要、西部では有機食品市場やeコマースの成長が市場を支えています。

アメリカグリの保全と復活への取り組み

Virginia State Parks, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

現在は、病気に強いアメリカグリを育成し、かつてのように森林へ再び広げるための研究・開発が進められています。その主な方法のひとつが、従来から行われてきた交配育種です。わずかに病気に耐えて生き残ったアメリカグリ同士を交配させたり、もともと病気に強い中国のクリと掛け合わせたりする方法です。特に中国のクリと掛け合わせる方法では、その後さらにアメリカグリを何度も交配させることで、本来のアメリカグリの性質をほぼ残したまま、病気にだけ強い木を育てることを目指しています。

まとめ

かつてアメリカの森を埋め尽くし、街角の焼き栗として人々に愛されたアメリカグリは、たったひとつの病気によって壊滅的な打撃を受け、市場から姿を消しました。現在、研究者たちは様々な技術を用いて、病気に強いアメリカグリを復活させるための挑戦を続けています。再びアメリカグリが森に広がり、かつて人々に親しまれたその実がスーパーに並ぶ日は来るのでしょうか。その答えは、今まさに研究の現場で少しずつ形になりつつあります。


参考:https://www.voanews.com/a/tis-the-season-for-roasting-chestnuts-but-in-us-native-ones-are-almost-gone/7902197.html

https://www.chefsresource.com/what-does-chestnut-taste-like/ https://apnews.com/article/american-chestnut-trees-roasting-blight-chinese-restoration-1c3e50ef33a67926c0800222f0e7e619

https://www.imarcgroup.com/united-states-chestnut-market https://tacf.org/history-american-chestnut/

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