ウシやウマ、シカなどは爪の一種である厚くて硬い角質の器官、蹄を持ちます。そして、この蹄をもつ動物のほとんどが草食性です。それでは、なぜトラやライオンのように狩りをする蹄のある動物はいないのでしょうか?
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蹄とは
蹄は大型の草食哺乳類が持つ頑丈な靴上の爪で、典型的なものはウマ、バク、サイなどの奇蹄類、カモシカ、シカ、イノシシなどの偶蹄類に見られますが、ゾウの爪も蹄です。
実はこれまで蹄のある肉食動物はいくつか存在していました。しかし、それらはすでに絶滅してしまっています。これらの動物の絶滅原因が蹄のある肉食動物がいない理由を知るカギとなりそうです。
エンテロドン科
エンテロドン科の動物は今から約3720から1597万年前の北アメリカ、ヨーロッパ、アジアの森林に生息していました。彼らは恐ろしい見た目をした巨大なイノシシのような姿をしていた為、英語では「地獄の豚」や「ターミネーター豚」とも呼ばれています。
この科の中で最大のものは、北アメリカのダエオドン・ショショネンシスとユーラシアのパラエンテロドン・インテルメディウムであり、体高は2.1mに達し、これはサイほどの大きさがありました。このような巨大な種では、バイソンのように背中にコブがあり、重い頭部に重心が偏らない用、支持していました。
そのニックネームにもかかわらず、エンテロドン科は実際にはブタの仲間ではなく、むしろカバやクジラに近い動物ということがわかっています。彼らは鯨偶蹄目に分類され、ふたつに分かれた蹄を持ち、その2本が地面に接していました。そして、残る2本の指は退化しています。
エンテロドン科の動物は巨大な犬歯を持ち、口を大きく開けることが可能で、これは狩りをする動物の特徴でもありますが、同様の適応をした近縁な生物であるカバは相手を威嚇するために口を150度まで開き、オス同士で顎を使って戦う植物食性の動物です。頭部に傷を負ったエンテロドン科の化石が発見されており、これは同種同士で争った時に出来たものだとわかっています。また、エンテロドン科の歯では肉を斬り裂くことができないこともわかっています。そのため、彼らが捕食動物であった可能性は低いといわれています。
エンテロドン科の歯は巨大な犬歯の他、尖った小臼歯、比較的単純で平坦な大臼歯と全ての種類が揃っており、そのため彼らは雑食性であったと考えられています。ただ、アゴの力が非常に強かったことと、歯が極端に摩耗していることが判明しており、この摩擦は現代のハイエナにも見られ、骨を破砕するために特殊化していることが確認されています。そのため、現代の豚やペッカリーと同様に、果実、種子、そして時に小動物を捕食するほか、動物の死体を食べていた可能性があります。
実は多くの草食動物が肉を食べている
エンテロドン科が絶滅した理由はヨーロッパやアジアでイノシシ科、アメリカではペッカリー科との競合に敗れたのではないかとされています。イノシシの食性の多くは植物質のものですが、昆虫類、ミミズ、サワガニ、ヘビなども食べる雑食性です。
これに関して言えば、多くの蹄を持つ現生の動物が状況によって肉食をすることがあります。ウシやシカなどは小さな鳥を食べることがあり、またキリンは骨をなめることが知られています。彼らはリンやカルシウムなどのミネラルが不足すると、肉や骨を欲するのではないかと考えられています。このように、肉は草食動物にとっても重要な資源で、彼らは菜食主義を貫いているわけではありません。
メソ二クス目
エンテロドン科の動物とは違い、メソ二クス目の動物は蹄を持った完全な捕食性の動物でした。彼らは暁新世にアジアで出現、多様化し、肉歯目などの他の肉食動物がまだいなかった、もしくはごく少数しかいなかったため、大型捕食者の主要な位置を占めていました。
メソ二クス目の動物はオオカミによく似ており、初期は5本の指を持ち、おそらくは足の裏全面を地につけてクマのように歩く蹠行性でした。しかし、後期になると指は4本で、なおかつ各指先は小さな蹄となっており、走行に適した形態となっています。そのため、英語では「蹄をもつオオカミ」と呼ばれています。
ディサカス(Dissacus)という属はジャッカル大の肉食獣で、暁新世のはじめの頃にはヨーロッパと北アメリカに広がることに成功していました。しかし、その子孫と思われる暁新世初期から中期のニューメキシコに分布していたアンカラゴン(Ankalagon)はもっと大きくクマほどのサイズがありました。
さらに後代に現れたはPachyaena属は始新世の序盤にはすでに北アメリカに入っており、その地でアンカラゴンをしのぐ巨体に進化し、この時代の北アメリカ大陸においては最大の捕食性哺乳動物となりました。
アンドリューサルクス
アンドリューサルクス(Andrewsarchus)は約4500万から約3600万年前のユーラシア大陸東部地域に生息していた原始的な大型肉食性哺乳類の一属です。彼らもまた蹄を持つ有蹄動物で、頭蓋骨の大きさは80cmを超え、そのため史上最大の陸棲肉食獣だったといわれています。アンドリューサルクは体長約382cm、体高約189cmほどとされています。ただし、胴体の化石は未発見で、実際の全長はいまだ不明です。
長い吻部によく発達した顎を持ち、歯はどれも鋭く巨大でしたが、巨大のため早く走れず、動物の死骸を食べるスカベンジャーだった可能性が高いと言われています。また、カメのような動きの遅い動物を捕食することもあったとされ、死肉も食べる点から、いわゆるハイエナのような進化を遂げた動物だったようだと考えられています。
有蹄肉食動物の絶滅
これらの有蹄肉食動物は、当時の生態系において主要な位置を占めていましたが、時間の経過と共に、現代のイヌやネコの祖先のような真の肉食動物が多様化し始めました。これらの肉食動物は鋭い爪や歯を持ち、これは獲物を捕まえるために特化しています。彼らはもがく獲物を効果的に掴んで保持することが出来ます。
鉤爪は哺乳類、鳥類、爬虫類などさまざまな動物グループの捕食動物にとって優れた武器であることが証明されています。
一方の蹄は獲物を捕らえるために必要な掴む能力がありません。
これらのより機敏で異なる摂食戦略を持ち、変化する環境に適応した肉食哺乳類との競争により、有蹄肉食動物は充分な食料を見つけるのに苦労したり、より特化した捕食動物に負けたりして個体数が減少することになった可能性があります。
硬くて丈夫な蹄は、草を食べるために土を掘り起こしたり、大きな体を支えるのに適しています。また、草食動物は肉食動物から逃げる必要があり、そのため速く走ることが重要です。蹄は速く走るために最適化された構造となっており、かかとを地面に付けずに脚の先端だけを使って走ることで効率的に速度を出すことができます。
そのため、蹄を持つ動物は主に草食動物として進化してきたと考えられます。
そして、多くの草食動物は巨大なサイズに進化しました。このサイズは捕食者に対する防御上で利点となります。蹄による蹴りは強力でヘラジカは歩調を崩すことなくオオカミを踏みつけることができます。
蹄を捨てた動物
一方、蹄を捨てて新しい環境に適応した有蹄肉食動物もいます。パキケトゥスは約5300万年前の始新世初期に生息し、体の大きさはオオカミほどで長い尾と全体的にイヌの遠い親戚のような外観を持ち、陸上で体を支えるため蹄を持っていました。目の位置が高い為、水中に体を沈めても周囲を視認できるという特徴があり、川や湖のそばに暮らし、カニなどの小動物を餌に暮らしていたと考えられています。
パキケトゥスは現在知られる限りで最後の原始的クジラ類で、彼らの子孫は海へと生活の場を変えていきました。
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