本記事では海の巨人「ゾウアザラシ」について詳しく解説していきます。体格の大きさだけでなく、繁殖期の激しい争いなど、その驚くべき生態について紹介します。
ゾウアザラシの分類と種類
ゾウアザラシは、ゾウアザラシ属に分類される海洋哺乳類です。ゾウアザラシ属は「キタゾウアザラシ」と「ミナミゾウアザラシ」の2種で構成されています。
ミナミゾウアザラシ

ミナミゾウアザラシは食肉類の中で最も大きい動物となり、オスの体長は最大で6.85m、体重は5tにも達することがあります。一方、メスはオスに比べてかなり小さく、体長は最大でも3.7m、体重は約1トン程度です。
彼らは南極圏に生息し、夏は繁殖のために陸上で過ごしますが、冬は海洋で過ごします。ミナミゾウアザラシはほとんどの時間を海中で過ごし、生涯の約80%を海上あるいは海中で過ごすと言われています。
かつてはタスマニア周辺で数多くのミナミゾウアザラシが見られましたが、商業的なアザラシ猟によって個体数が減少し、現在ではほとんど見られなくなりました。一方、ニュージーランドや南アフリカの沖ではまだよく見かけることができます。
彼らの主な繁殖地は南極圏の島々で、特にサウスジョージア島とサウスサンドウィッチ諸島が最大の繁殖地となっており、ミナミゾウアザラシの半数はそこで繁殖します。
驚くべきことに、ミナミゾウアザラシは水深1700mまで潜水することが可能です。また、潜水時間も極めて長く、120分もの間潜水したという記録があります。彼らは主にイカなどの頭足類やサメを含む大きな魚を食べます。
キタゾウアザラシ

キタゾウアザラシはミナミゾウアザラシよりもやや小さめですが、鼻はキタゾウアザラシの方が大きくなります。こちらもオスとメスの体格差が顕著で、オスは体長5m、体重3.7tに達しますが、メスは体長3.6m、体重900kg程度です。
キタゾウアザラシは北アメリカ大陸西岸に生息しています。彼らは北はアメリカのアラスカ州から、南はカリフォルニア州やメキシコのバハカリフォルニア州の海岸にかけての海域を回遊します。出産・育児は主にカリフォルニア沖の島々で行います。
かつて本種がアジア圏に生息していたかは不明ですが、日本では1989年に伊豆諸島の新島でオスが、2001年に館山市の沿岸付近で幼体が確認されたことがあります。2017年には山形の海岸でメスが見つかり、鶴岡市立加茂水族館に保護されました。集団での生息地から遠い日本での放流は不適切と判断した同水族館が2018年から一般公開しましたが、2020年に死亡しています。
キタゾウアザラシもミナミゾウアザラシと同様に、イカやタコなどの頭足類、そしてヌタウナギ、小さなサメなどの魚類を食べます。彼らもまた深く潜水することが可能で、1500mまで潜ることができます。
繁殖行動

ミナミゾウアザラシもキタゾウアザラシも、一夫多妻制のハーレムを形成します。強いオスは一回の繁殖期で、ミナミゾウアザラシでは約40頭、キタゾウアザラシでは約50頭ものメスを妊娠させることができます。
「ゾウアザラシ」という名前は体が大きいということだけでなく、大きな鼻を持っていることから、同じ哺乳類である象に由来しています。この鼻は特に繁殖期において非常に大きな音を発生するのに用いられます。
ゾウアザラシの平均寿命は、メスは約14年で3〜4歳で性成熟し、オスの寿命は約20年で5歳で性成熟します。しかし、オスが自分のハーレムを形成して実際に生殖活動を行うことができるのは、早くても8歳からです。そして、オスの生殖活動は主に9歳から12歳の間に行われます。
オスは非常に排他的で、オス同士のメスを巡る戦いはどちらかが死ぬまで続くと言われているほど激しいものです。オス同士の戦いでは逃げることは少なく、単なる力比べではなく、双方血まみれになって噛み合う生々しい戦闘形態を取ります。これはメス単体ではなくメスの群れを巡って戦う必要があるためで、勝利した方はその群れ全てのメスと交尾できるため、一般的なメスの取り合いとは異なり、文字通り生涯を賭けた戦いとなります。
天敵と危険性

ゾウアザラシの天敵は主にホホジロザメですが、捕食されるのは子どもや若い個体で、大人はその巨大さゆえに襲われることはほとんどありません。
また同じ食肉類ではありますが、セイウチとゾウアザラシが戦った場合、セイウチには長い牙があるものの、体格で勝るゾウアザラシが勝つと考えられています。
キタゾウアザラシは夏に毛が生え変わる時期を迎え、古い体毛が抜けます。この間は新しい毛が生えてくるまで体温を保つために海岸で過ごします。そのため、この期間にはたくさんのキタゾウアザラシをアニョヌエボ州立公園やポイントレイズ国立海岸などのカリフォルニア州の保護区域で見ることができます。ただし、キタゾウアザラシを観察するためには許可が必要です。
ゾウアザラシに襲われて亡くなったという事例はこれまで知られていません。しかし、だからといって彼らを甘く見てはいけません。見かけによらずキタゾウアザラシは陸上で人間よりも速く走ることが可能だからです。キタゾウアザラシに衝突されるのは、乗用車に轢かれるのと同じくらい危険であることが知られています。
鼻の重要な役割

ゾウアザラシの鼻は繁殖期において大きな音を発生するだけでなく、呼吸によって出ていく水分を最小限にする重要な役割も果たしています。
ゾウアザラシのメスは繁殖の時期になると陸上で飲まず食わずで何ヶ月も過ごします。そのため、体内に水分を蓄える必要があります。ゾウアザラシが吸った空気は、粘膜の蓄えられた鼻の通路を通ることで温められて湿気を含みます。反対に吐く息は、暖かく湿気を含んだ空気が鼻の表層近くを通ることで冷やされ、水分が鼻の中に残るようになっており、体から出ていく水分を最小限に抑えているのです。
保護と現状

19世紀には体脂肪から油を取るための商業的なアザラシ猟が行われ、特にキタゾウアザラシは絶滅寸前にまで減少してしまい、当時の個体数は100から120頭ほどであったと考えられています。
しかし20世紀に入る頃、メキシコのグアダルーペ島などにおいて小さな繁殖地が残っていることが分かり、メキシコ政府による保護が始まりました。そして20世紀初頭よりメキシコとアメリカの両国において法律的に保護されるようになり、現在では個体数は10万頭以上にまで回復してきました。
この数年間は年間約2.5%で個体数が増加し、新しい生息地も確立されています。しかしながら、病気や環境汚染による絶滅の危険性は依然として存在しています。また、エルニーニョ現象やそれによって引き起こされる異常気象が個体数に与える影響も問題となっています。1997年から1998年のエルニーニョ現象は生まれた子の80%の死亡を引き起こしました。
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