トラが百獣の王ではない理由

すべての獣の中で最強のものは「百獣の王」と呼ばれ、一般に西洋や日本ではライオンをさします。それではなぜ同じ大型ネコ科動物でライオンよりも大きくなるトラは百獣の王と呼ばれないのでしょうか？

最大のネコ科動物「トラ」

現存するトラの亜種は6種類あり、中でも最も大きいものはアムールトラで、オスの個体では全長3m、体重350kgを超えた例も報告されています。これは現生のネコ科のうちでも最大種です。

一方、19世紀のハンターの主張では、ライオンの一亜種であるバーバリライオンの野生のオスの体重は270kgから300kgの範囲にあったと言われています。しかし、これは具体的数値の情報に乏しく、バーバリライオンは野生ではすでに絶滅しており、飼育下の個体はこれほど大きなものはありません。また、剥製の大きさはオスは全長2.35～2.8m、メスは全長2.5mで、この記録だけ見ると並みのライオンと同じくらいです。

一般的な大人のライオンの体重は約250kgで、トラの中にはライオンよりも小さい亜種もありますが、アムールトラとベンガルトラの2種はライオンよりも大きくなります。

トラの強さ

さらにトラはライオンよりも戦闘能力と狩猟能力に優れています。

トラは獲物の近くまで忍び寄り、突然、跳びかかって襲い、肉食獣最大といわれる7cmの歯で喉に喰らい付いたり、10cmの鋭い爪を持つ手でたたいて骨を砕いたりします。

また、極めて力が強く、自分より大きい相手でも倒すことができます。トラは人間の男性13人がかりで動かせない770kgのガウルの死体を10m以上引きずったという報告もあります。

これに加え、虎は強くて柔軟な後ろ足を持っているため、立ち上がるのが得意です。対照的に、ライオンの体は立ち上がるために作られておらず、通常は牙を主な武器として使用します。

そのため、本質的にトラとライオンが戦った場合、トラの方が勝つ可能性が高いといわれています。

にもかかわらず、何千年もの間、ライオンは野生で最も強く、勇敢で獰猛な動物という評判を独占して来ました。

ライオンと古代の人々

ライオンがトラよりも王とみなされる理由は、まず歴史的経緯にあると考えられます。

ライオンのイメージは古くから王権と結び付けられてきました。この関連は古代文明にまで遡ることができます。例えば、エジプトではライオンは神聖な動物と考えられていました。ファラオはライオンの頭で描かれたり、ライオンを伴って描かれたりすることが多かったため、これによりライオンによって王としての地位が強調されていました。

また、ライオンは古代のヨーロッパの人々にとってもより身近な存在でした。それはライオンの一絶滅亜種「ヨーロッパライオン」がヨーロッパ大陸南部のほぼ全域にかけて生息していたからです。

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの記すところによると、ライオンは紀元前480年頃にはギリシアでよく知られる動物でした。

また、ペルシア王クセルクセス一世はペルシア戦争でマケドニアを進軍しているさなかの紀元前480年に数頭のライオンと遭遇したとしており、ライオンがラクダの積み荷を襲ったされています。

他にもライオンの亜種インドライオンは10世紀頃まではヨーロッパの辺境であるコーカサス地方にもいたと考えられています。

ライオンの見た目

ライオンが王として描かれることは大衆文化にも深く根付いています。民間伝承から文学や映画までライオンは一貫して雄大で力強い生き物として描かれています。

また、ライオンのその見た目は百獣の王であるというイメージを固める上で重要な役割を果たしてきました。ライオンの見事なたてがみ、筋肉質の体格、恐ろしい表情などの身体的特徴は権力のイメージを呼び起こします。

ライオンの王としての性質

ライオンが百獣の王と呼ばれるのは最も強いからではなく、トラにはない王としての能力を持っているからです。

王にはリーダーシップが必須です。ライオンはプライドと呼ばれる群れを形成し、メスライオンは狩りをし、群れにえさを与える役割を担っています。一方、オスライオンの役割はプライドを他のオスライオンや捕食動物から守ることです。

ライオンは最大30頭の群れで生活できます。そして、プライドの中には明確な社会階層があり、1頭の支配的なライオンが群れの王となります。この群れの構造が動物界におけるライオンが持つ、リーダーシップのイメージを強化しています。

オスのライオンは秩序を維持し、プライドの安全を確保します。彼らは王座を維持し、自分たちのプライドの平和を保つために侵入者に対して命がけで戦うため、このようなライオンのリーダーシップは強い国家のイメージとして結びつけられました。

王の象徴としてのライオン

多くの政府では国章や紋章にライオンが描かれています。また現在、ライオンはアルメニア、ベルギー、ブルガリア、オランダなど多くの国の国獣とされています。

一方で中国ではトラが百獣の王と呼ばれています。これはトラは古来より中国人と深い関わりがあったためで、力強さと大胆さ、そして畏怖と恐怖の対象と言う大きな象徴を持ち、その美しさと威厳が崇拝され、中国文化に大きく取り上げられています。

しかし、これまで見てきたように西洋とその影響を受けた日本では、生物としての特徴と歴史的な理由から、ライオンが百獣の王と呼ばれるようになったと考えられます。