ヒヨケムシは世界三大奇蟲のうちのひとつで、強力な顎を持つ非常に不気味な見た目をしています。この生物には、地元イランでは「人を殺せるほど危険」で、「常に人を襲うとする邪悪な生物」という噂があります。しかし、これらの噂の多くは誤解に基づいています。
今回の記事では、ヒヨケムシの特徴や生態について詳しく解説し、こうした誤解がどのように生まれたのかを明らかにしていきます。
ヒヨケムシの噂

- 人を追いかける猛スピード ヒヨケムシが時速48kmのスピードで人やラクダを追いかけるという話。
- ジャンプ攻撃 1メートルもの高さにジャンプして獲物に襲いかかるという噂。
- 毒の注入 噛んだ後に毒を注入して麻痺させ、内臓を食い尽くすという話。
- 睡眠中の襲撃 人が寝ている間に上から落ちてきて襲い、命を奪うという噂。
- 髪や毛に引き寄せられる 女性の髪や動物の毛に惹かれ、それを切り落とすという話。
- サソリとの戦い ヒヨケムシがサソリと壮絶な戦いを繰り広げるという噂。
- 叫び声を上げる 襲撃時に恐ろしい叫び声を出すという話。
しかし、これらは全てデマであり、ヒヨケムシはその恐ろしい見た目や様々な事実ではない噂、迷信、さらには都市伝説などによって過剰に曲解されてきました。
この生物は2000年代まではさほど世間一般に知られていませんでしたが、2003年のイラク戦争の際、中東の兵士が大きく見せるようにカメラの近くまで持ち上げて撮影したヒヨケムシの写真をきっかけに、徐々に広く知られるようになり、それにつれてさまざまな不正確な情報がネットなどで拡散されました。
ヒヨケムシの基本情報

ヒヨケムシの大きさは種類によって異なりますが、非常に小さいものは数mm、大きいものでも16cm程度です。ヒヨケムシはクモガタ綱に分類される節足動物の分類群のひとつです。クモ類はクモ、ダニ、サソリなどを含むグループで、ヒヨケムシの顎は「鋏角」と呼ばれる口の直前にある一対の付属肢に相当します。そして、鋏角を用いて食事をし、八本の脚を持つのが特徴です。
ヒヨケムシは約1110種類が知られており、最後の化石記録は約3億年前の石炭紀までさかのぼることができます。生息域は主に熱帯や亜熱帯の砂漠地帯やその周辺の乾燥地域に集中し、日本には生息していません。
ヒヨケムシは主に小型の昆虫や節足動物を捕食します。
ヒヨケムシの影を追う習性とそこから生まれた誤解

ヒヨケムシは日当たりを避けて日陰を求める習性があるため、比較的大型の動物である人やラクダなどの影を追い続けることもあります。特に影のある物体が移動していると、それを追いかけているように見えるため、これが「人を襲う」という誤解を生む原因になりました。ラクダの下で立ち止まることがありますが、これも前述の通り日陰を求めているだけです。この習性から和名「ヒヨケムシ」の由来となり、学名も「Solifugae(太陽から逃げる者)」を表しています。
また、英語では「Camel Spider(ラクダのクモ)」と呼ばれますが、これはラクダのこぶのように盛り上がる体形や、ラクダを捕食するという迷信に由来すると考えられています。
ヒヨケムシの高い活動性と、それが生んだ誤解

ヒヨケムシは非常に活動的で、徘徊している間は獲物や配偶者に出会うまで立ち止まらないほどです。「風のように走る」と言われるほど素早く移動します。特に体毛が発達した種類は、ネズミと間違われることすらあります。そのため、「風のクモ」「風のサソリ」から「砂漠のフェラーリ」とも呼ばれることがあります。
その高い活動性を支えるように、ヒヨケムシの代謝率は高く、発達した器官系によって効率良く呼吸を行います。この発達した器官系は、ガス交換の効率を上げるだけでなく、水分節約につながる軽量化にも役立つと考えられています。
ただし、速く走ることができるといっても時速48kmには及ばず、最速のものでも人間の短距離走者の半分ほどである時速16km程度です。また、1mジャンプするような能力もありません。
ヒヨケムシの捕食行動と誤解された能力

ヒヨケムシは俊敏に地表を徘徊する活動的な捕食者です。昆虫や他のクモガタ類などの節足動物を主食としています。さらに、ネズミ、トカゲ、ヘビ、鳥類などの小型脊椎動物を捕らえる場合もあります。種類や成長段階によってある程度の好みの違いが見られますが、原則として偏食性は持たず、自分が捕食できる大きさの小動物であれば捕らえるジェネラリストです。
また、代謝率が高いため頻繁に餌を取る必要があるとされていますが、一部の種類では一ヶ月以上の絶食にも耐えることができます。獲物を探す際には、周囲を感知するように徘徊しながら触覚や視覚、振動感知に頼って獲物を見つけます。そして、鋏角を使って獲物を捕らえ、強力な鋏角でそれを捕殺し、咀嚼します。この際、獲物の体液を吸い取りながら、ブラシ状の剛毛を用いて不要な物質を取り除きます。
ただし、人やラクダの内臓を食い破るようなことはできません。また、ヒヨケムシの鋏角は人や動物の毛を切るのに適しているわけでもありません。
ヒヨケムシの天敵

むしろヒヨケムシの主要な天敵は脊椎動物であり、同じ生息地にいる哺乳類、爬虫類、鳥類などです。
ヒヨケムシを明確に狙って捕食する例として、ナミビアに生息する地面にトンネル状の巣穴を作るアシダカグモ類が挙げられます。このクモは、何らかのメカニズムを使ってヒヨケムシを巣穴に誘導します。例えば、巣穴に仲間のメスがいると錯覚させておびき寄せ、その後捕食することが知られています。
ヒヨケムシの毒性、噂、そして人為的な誤解

ヒヨケムシは基本的には地上で活動しますが、滑らかな表面、植物やガラスなどもある程度登ることができます。このことから、睡眠中の人を上から落ちてきて殺すという噂に繋がったものと思われます。コルチェスターの兵士の家でヒヨケムシが発見された際、この家族はペットの犬の死をヒヨケムシのせいだと非難しました。また、アリゾナ州の住民はヒヨケムシに噛まれたことで痛みを伴う病変を発症したと主張しました。
しかし、ヒヨケムシはクモやサソリのような注入型の毒や、自身を守るための防御物質を持っていません。全般的に無毒とされています。ヒヨケムシの専門家が実際に噛まれて検証したところ、特に症状は見られませんでした。
ある論文によれば、インドの特定地域に生息するヒヨケムシの一種は毒を持ち、その毒には一部のサソリの毒にも含まれる成分であるセロトニンが含まれており、毒を抽出してトカゲに注入したところ、実験した10匹のうち7匹が麻痺したとされています。
しかし、この種についての追試は行われておらず、他のヒヨケムシからは毒が確認されていません。いずれにせよ、この不確実な情報だけでヒヨケムシ全般を有毒生物とするのは不適切です。
また、もし噛まれた傷口に何らかの症状が起きた場合、その原因はヒヨケムシではなく、外界の病原体であると考えられます。ただし、大きな個体の強力な鋏角に挟まれると、かなり痛みを伴うことがあります。
ヒヨケムシがサソリと戦うという噂は、ほとんどの場合、人為的に戦わされたことが原因です。第一次世界大戦中、エジプトの駐屯軍がヒヨケムシとサソリを同じ場所に閉じ込めて戦わせることがありました。
最後に、ヒヨケムシは威嚇用の摩擦音以外には顕著な音を出さないため、「叫ぶ」という噂は誤りです。
ヒヨケムシの飼育方法とペットとしての人気
ヒヨケムシは人気の高い種類であり、地中の一部地域ではペットショップなどで見かけることがあります。価格は5000円から1万円程度で販売されています。サソリやタランチュラと同様の方法で飼育することが可能です。暖かい環境を好むため、室温は25度前後に保つ必要があります。また、飼育する場合はゴキブリやコオロギなどの生きた昆虫を餌として与えることが推奨されます。
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