蚕(カイコ):人間の管理なしでは生きられない家畜化された昆虫

生物

蚕(カイコ)は絹糸生産のために家畜化された昆虫であり、長い歴史の中で野生の祖先とは大きく異なる特性を持つようになりました。この記事では、蚕の生態を詳しく解説するとともに、なぜ蚕が人間の管理なしでは生きられないのかを説明していきます。

蚕の基本情報

蚕は、鱗翅目カイコガ科に属する昆虫の一種です。幼虫は桑の葉を食べて成長し、糸を分泌して繭を作り、その中でさなぎになります。この繭から取れる糸が「絹(シルク)」として利用されています。

絹を作るための蚕の飼育(養蚕)は、少なくとも5000年の歴史があると言われています。中国の伝説によれば、皇帝の妃が庭で繭を作る昆虫を見つけ、宮廷に持ち帰って飼い始めたとされています。

蚕の祖先は、東アジアに生息するクワコという野生の蛾です。中国大陸で家畜化されたという説が有力です。日本では現在、約400種類の蚕品種が遺伝資源として保存されています。

5000年以上前の人間がどのようにしてクワコを家畜化して蚕を誕生させたかは、現在まで完全には解明されていません。DNAの解析により、クワコが蚕の祖先であることは確認されていますが、家畜化の詳細なプロセスについてはまだ不明な点が多いです。

クワコと蚕の違い

クワコは中国、台湾、朝鮮半島、日本列島およびロシア極東部に生息しています。クワコは蚕よりくすんだ灰色がかった茶色で、体つきもスリムです。クワコは蚕とは習性がかなり異なり、一般的な蛾のように人間の助けなしに自然界で生存でき、飛ぶこともできます。

ただし、クワコを飼育して絹糸を取ることは、可能であるものの蚕のように簡単ではありません。クワコは管理が難しい上、蚕のように一箇所に固まって繭を作らないのです。

蚕が人間なしでは生きられない理由

1. 餌を自分で探せない

蚕は餌の桑の葉を自分で探すことをせず、放っておくと餓死してしまいます。幼虫が餌を探して広範囲を歩き回らないことは、蚕が逃げ出す心配が少なく、養蚕業を営む上では非常に有益な性質です。蚕の幼虫は、より良い繭とより効率的に絹糸が取れるよう品種改良されてきたため、桑の葉の上でほとんど動かず、ただひたすら食べて成長します。

クワコが出す糸は約300mほどですが、蚕は1500mもの長い糸を出すことができるようになっています。

2. 体色が目立ちやすい

蚕を野生に放しても、その体が白くて目立つため、すぐに捕食されてしまいます。蚕が白いのは、見失っても飼育者である人間の目に留まりやすいようにするためだと考えられます。

一方、クワコの幼虫の色は茶色で、桑の木の樹皮に似ているため、捕食者から身を守れます。危険が迫っているときは、体の前部を膨らませてヘビのように見せる威嚇行動を取ることもあります。しかし、蚕はこうした防御行動を取らず、捕食者に対してなすすべもなく捕食されてしまいます。

3. 枝に付着する能力の低下

蚕を野外の桑の木に置いても、腹脚の把握力が弱いため自力で付着し続けることができず、風で枝が揺れ動くと容易に落下してしまいます。腹脚とは昆虫の幼虫の腹部にある脚のような器官のことです。

クワコの幼虫には発達した腹脚があり、しっかりと枝をつかむことができますが、家畜化された蚕の腹脚は退化しているため、枝をしっかりとつかむことができません。一度落ちてしまった蚕は這い上がることができず、そのまま死んでしまいます。

4. 環境への適応能力の欠如

蚕は野生の環境に適応することができません。蚕の飼育には温度と湿度の管理が重要で、温度が低すぎると活動を停止し、高すぎると死んでしまいます。適切な飼育温度は25度前後、湿度は75%程度が目安です。

幼虫の成長段階は脱皮の回数によって表されます。例えば、1回目の脱皮直後の幼虫を「二齢幼虫」、2回目の脱皮後の幼虫を「三齢幼虫」といいます。卵から孵った蚕の幼虫は4回の脱皮を行い、約25日間で体重が1万倍にもなります。

五齢まで成長した蚕は糸を吐き始め、2〜3日かけて自らを包む繭を作ります。こうしてできた繭は製糸工場へと運ばれ、蛹の状態でお湯で茹でられます。これは茹でることで水溶性のタンパク質が溶け出して柔らかくなり、糸が解けやすくなるからです。

5. 繭から自力で出られない

繁殖用の蚕は繭の中でさなぎになり、約2週間後に成虫になります。しかし、より良い繭を作るように品種改良された現代の蚕は、繭を自分で食い破って出ることができなくなっています。人間が繭の両端を切って蚕を助け出す必要があります。

6. 飛べない・繁殖能力の制限

クワコはオスもメスも飛翔能力が強く、オスはメスの発する誘引物質に引き寄せられて飛来します。一方、蚕の成虫は体が重く筋肉が退化しているため、羽ばたくことはできても飛ぶことができません。これも蚕が飛んで逃げないようにするための品種改良の結果です。

そのため、自分で繁殖相手を探しに行くことができません。人間によって交配相手が用意された場合、オスはメスの匂いを触角で感知してメスに近づき、交尾を行います。

しかし、交尾を放っておくと5〜6時間も続きます。中には自然に離れることもありますが、何日も繋がったままで弱って死んでしまうこともあります。そのため、2〜3時間経過後に人間の手で引き離してやる必要があります。

この時、オスとメスは強く結びついているため、単に引き離そうとしても簡単には離れません。そのため、メスの腹部をひねって離します。このことが「割愛」という言葉の語源になったと言われています(現在は省略の意味で使われています)。

摂食能力の喪失

蚕の成虫には口がなく、何も食べることができません。蚕は繭を作り始める前から成虫になって死ぬまでの約20日間、何も食べないのです。

ただし、これはクワコも同様で、クワコの成虫も何も食べません。他の蛾の成虫にも口が退化して食べられない種類が多くあります。これは幼虫時代に十分な栄養を蓄えているからで、成虫になると繁殖に専念するためです。

蚕の食用としての利用

蚕は貴重なタンパク源として人の食用にもされてきました。10年ほど前の調査によると、日本の長野県や群馬県の一部では蚕の蛹を「天蚕」と呼び、佃煮にして食べていたという報告があります。

太平洋戦争中には、長野県内の製糸工場で、従業員の副食として蚕の蛹が提供されていました。最初は特有の匂いもあって敬遠されていましたが、貴重なタンパク源として次第に人気が出て、数に制限が加えられるほどになりました。

現在でも長野県ではスーパーなどで蚕の蛹の佃煮が売られています。また、蚕は人に有用な栄養素を多く含み飼育しやすいことから、長期滞在する宇宙ステーションでの食糧としての利用も研究されています。


このように、蚕は5000年以上にわたる人間との共生の中で、自然界では生きられない特性を持つよう変化してきました。餌を自分で探せない、捕食者から身を守れない、環境への適応能力が低い、自力で繭から出られないなど、様々な要因により、蚕は完全に人間の管理に依存する生き物となっています。蚕の歴史は、人間が自分たちの利益のために生物を改変してきた長い過程を示す顕著な例と言えるでしょう。

この記事はYouTubeの動画でも見ることができます。

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