サケが産卵後に死ぬ進化を遂げた理由

生物

サケは一生に1度しか産卵しないことで知られています。ではなぜサケは産卵後に死んでしまうのでしょうか?

サケには産卵後に死ぬ種類と死なない種類がある

日本では一般にサケといえばシロザケをさしますが、ベニザケ、ギンザケ、カラフトマスなど、他のサケ類もサケと総称することがあります。

シロザケの生息域はベーリング海、オホーツク海、日本海を含む北太平洋と北極海の一部です。日本国内でサケが遡上する川として有名なのは北海道の石狩川や、豊平川などですが稚魚の放流が行われず、自然産卵のみのサイクルが維持されている河川も北陸・近畿・山陰地方にいくつか存在します。

日本人にとってサケは卵を産むと死んでしまうというイメージが強いですが、サケの仲間が全部同じように死んでしまうわけではありません。

世界にサケ科の魚は223種いるといわれ、その中で一度成熟すると死んでしまう種にサケ属に含まれるシロザケ、カラフトマス、ベニザケ、ギンザケ、マスノスケ及び降海型のサクラマスの6種があります。

一方、同じサケ属ですが降海型のニジマスは産卵後も生き残り、海に戻った後、再び河川へ産卵遡上します。

大西洋サケのほとんども産卵後に死にますが、約5から10%が海に戻り、回復して次のシーズンに再び産卵します。その他、多くのサケ科の魚は産卵後に死ぬことはありません。

それぞれの環境条件に対する進化的適応

これらの産卵行動の違いは、それぞれの生息地の環境条件に対する進化的適応をした結果です。

「あらゆる種類の生物は、最初の繁殖まで生き残るのにどれだけのエネルギーを費やすか、そして繰り返し繁殖するために生き残るのにどれだけのエネルギーを費やすかというバランスの問題を解決するために進化してきた」とアメリカ海洋大気庁の水産生態学部門のディレクターであるスティーブ・リンドリーは述べています。

多くのサケ科の魚は通常、比較的環境条件が安定した川で産卵します。これらの川は流れが遅く、酸素レベルが高く、水温が低いことが多いため、寿命が長く伸び、複数回の産卵が可能です。これにより、生涯でより多くの子孫を残すことができます。

一方、先ほど挙げたサケ属の6種は通常、強い流れ、低い酸素レベル、高温などの厳しい条件の川で産卵します。この川の流れに逆らい、サケが産卵場所まで遡上するのは簡単なことではなく、非常にエネルギーを消耗します。

彼らは急流やその他の障害物と戦うために、高い遊泳力と跳躍力が必要です。アイダホ州中央部のマスノスケとベニザケは産卵するために1,400kmを移動し、2,100メートルの高低差を登る必要があります。彼らは3.65メートルの高さまで垂直にジャンプしたことが記録されています。

そのため、これらのサケは1回の産卵で子孫を残すことに全エネルギーを注ぎ込むという戦略を選びました。

産卵のために準備するサケ

10月から12月頃、上流で生まれたシロザケの稚魚は、3月から4月頃になると群れで移動し降海します。そして、北海道沿岸を離れ、夏から秋には千島列島のごく沿岸かオホーツク海の水域を生活域とし、水温が5度程度になると北西太平洋の限られた水域に移動し越冬をします。

越冬後はアリューシャン列島からベーリング海中部をエサバとして、表層から100メートル程度の水深まで分布し、秋には体長37cm程度まで成長します。水温が低下する冬期はアラスカ湾を主な生活の場としながら夏はオホーツク海から北部太平洋を回遊する生活を成熟まで繰り返します。この間、稚魚期には主にカイアシ類、オキアミ類、成長するとホッケ類、イワシ類、他のサケ科魚類の稚魚などを餌とします。

こうして、1から6年という多くの時間を海洋で過ごし、その間、完全に成長して遡上をするためのエネルギーを蓄積し、最高のコンディションを整えていきます。

産卵にそなえ免疫を抑制させる

サケが健康を維持するために、エサを食べ消化器などの内臓を動かす活動の多くは産卵の機会を得る前に死ぬリスクを高めてしまいます。また、上流の淡水域には通常、成魚のサケの餌となる十分な餌はありません。

そのため、上流に向かう途中、サケは摂食活動を最低限に抑えるとともに内臓の機能を低下させます。これは免疫抑制と呼ばれています。

このように彼らは産卵場にたどり着くためだけにエネルギーを使うようになるのです。

それでも、川を遡る途中で多くのサケが死んでしまいますクマ、ハクトウワシ、カワウソなどがサケが遡上する間、待ち伏せし、捕食します。

さらに、産卵場に無事到着したものの、産卵せずに死んでしまう魚も多くあります。この産卵前の死亡率は驚くほど変動が大きく、ある研究では3%から90%の間で死亡率が観察されています。これは高温や、河川流量の増加、寄生虫や病気などが原因だと言われています

ゾンビ化するサケ

サケの身体的な状態は淡水にいる時間が長くなるほど悪化していきます。そして、産卵場に着くと残りのエネルギーを産卵に使い果たします。こうして、産卵が終わると、ほとんどのサケがすぐに死んでしまうのです。

その中にはまだ生きているものもありますが、すでに腐敗が始まっており、こうした劣化したサケは俗に、ゾンビ魚と呼ばれることもあります。

ゾンビ魚は数週間生き延びるものもありますが、ほとんどが産卵後数日以内に死んでしまいます。また、免疫が抑制されているため、病気にもかかりやすくなります。

このようなサケは北海道の方言で「ほっちゃれ」といい、食べてもあまり美味しくなく、捨てるしかないことからこう呼ばれます。

一回繁殖型生物

多くの生物は一生の間に多数回繁殖しますが、長寿命にも関わらず生涯に一度だけ繁殖を行い死んでいく種を一回繁殖型生物と言います。サケはこの一回繁殖型生物の典型的な例です。

また、この繁殖方法は「ビッグバン繁殖」とも呼ばれ、これは、一回繁殖型生物の生殖イベントは通常、産卵者にとって大規模で致命的なものとなるからです。

サケのような一回繁殖型生物は、自身の将来の命を犠牲にして、利用可能なすべての資源を繁殖の最大化に注ぎ込みます。これは、昆虫では一般的な戦略ですが、脊椎動物ではあまり一般的ではありません。

6種のサケ属のほぼ100%、大西洋サケでは約90から95%と産卵後の死亡率が極めて高い一方
卵の数が増加するとともにサイズが大きくなり、生存率が高まります。そのため、サケの産卵の旅は究極の自己犠牲と言えます。

サケが環境に与える影響

また、それだけではなく、産卵後のサケの死は、重要な生態学的影響ももたらします。

窒素、硫黄、炭素、リンを豊富に含む重要な栄養素が海から川に隣接する湿地などにもたらされ、内陸の水生生態系の栄養となるからです。これは、次世代のサケだけでなく、サケが到達する河畔地域に生息するすべての野生生物種に連鎖反応を引き起こします。そして、栄養素は下流の河口にまで流れ込み、そこに蓄積され、無脊椎動物や河口で繁殖する水鳥にとって大きな支えとなります。

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