外来種を駆除したはずが逆に30倍に増加した理由

環境と生態系
Digital StillCamera

アメリカ・カリフォルニア大学デービス校が主導した研究によると、根絶を目指して駆除が行われている外来種の中には、逆に猛烈に復活してしまうものもいることがわかりました。

学術誌『米国科学アカデミー紀要』に掲載されたこの研究は、カリフォルニア州の河口における外来種、ヨーロッパミドリガニの駆除の試みと、その失敗を記録しています。このカニは個体数の約90%が駆除されたにもかかわらず、その後なんと30倍にまで増加したのです。

この研究は沿岸生態系において、完全駆除の試みに対して個体数が劇的に増加することを実験的に示した、初めての事例となりました。

それではなぜ外来種を減らそうとすると逆に爆発的な増加につながるのでしょうか。本記事はその謎について解説しています。

この記事の要約

  • カリフォルニア州での大規模駆除によって個体数が90%以上減ったが、成体が減ったことで若い個体への共食いが起きなくなり、翌年には30万匹へと“ヒドラ効果”による爆発的増加が起きた。
  • 過剰な駆除は生態系の内部バランスを崩し、予期せぬ増加を招く可能性がある。生態系の複雑さを踏まえると、根絶を目指す従来の手法はリスクが高い。
  • 外来種をゼロにするのではなく、生態系への悪影響が最小限となる“ちょうどよい”個体数に抑える戦略が現実的かつ効果的であり、今回の事例でも成果が確認されている。

ヨーロッパミドリガニとは

User:Stemonitis, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons

まず、この不可解な現象の標的となったヨーロッパミドリガニについて詳しく見ていきましょう。

基本的な特徴

ヨーロッパミドリガニは北大西洋を起源とするワタリガニ科に属する沿岸性の甲殻類で、成体になっても甲羅の幅は最大で10cm程度と、その体サイズは比較的小型です。甲羅の色はその名の通り緑色になるほか、褐色、赤茶色など、生息環境によって変化に富んでいます。

彼らが元々生息していたのは、北大西洋のヨーロッパ沿岸およびバルト海で、北はノルウェーから南は北アフリカのモーリタニアにかけての沿岸域でした。

世界への拡散

しかし、人類による国際的な物流によって、原産地であるヨーロッパ沿岸からヨーロッパミドリガニが世界各地に広がりました。

とくに影響が大きかったのは、船が積荷の調整に使うバラスト水で、そこに混ざったごく小さな幼生が船とともに遠くの港へ運ばれ、各地で定着しました。さらに、船底に付着した海藻や泥に成体や小型個体が紛れ込んで移動したり、カキやアサリなどの養殖資材や活魚輸送に混入して運ばれたりすることで、分布は世界中へ拡大していきました。

北米では1817年に東海岸で初めて確認されて以来、2007年にはカナダ東部のニューファンドランドまで分布を北上させています。太平洋側では1989年にサンフランシスコ湾で見つかったのち、1990年代に急速に勢力を広げ、オレゴン、ワシントン、ブリティッシュコロンビアを経て、2022年にはアラスカでも確認されています。

なお、日本ではこの種そのものの定着は確認されていないものの、近縁のチチュウカイミドリガニが既に分布を広げており、その一部がヨーロッパミドリガニとの雑種である可能性も指摘されています。

強力な生命力と繁殖力

ヨーロッパミドリガニが世界各地で侵入に成功したのは、マイナス1度から35度までの幅広い水温や低い塩分濃度など、極端な環境にも耐えられる生命力と、爆発的な繁殖力、そして貪欲で攻撃的な食性を併せ持つためです。

この生態学的条件を踏まえると、北米太平洋岸ではバハカリフォルニアからアラスカにかけてさらに定着範囲が広がる可能性が示唆されています。

生態系と経済への影響

彼らは在来の二枚貝や甲殻類を積極的に捕食し、強力なハサミでカキやアサリを割って食べ尽くすなど、在来生物に強い捕食圧をかけます。また、掘削行動によって海底環境や海草の群落を破壊し、底生生物の生息環境を悪化させることで、生態系全体のバランスを崩壊させます。

これらの影響は漁業や養殖業に直結し、アサリやカキの生産地では稚貝の大量消失や養殖場の荒廃を招き、アメリカの貝類産業では年間約2,000万ドルの損失が生じています。

このように、ヨーロッパミドリガニは生態系にも経済にも深刻な打撃を与える存在であり、国際自然保護連合(IUCN)が選定する「世界の侵略的外来種ワースト100」にも名を連ねています。


駆除の失敗と増加の理由

© Hans Hillewaert

そのため研究チームは、2009年にカリフォルニア州スティンソンビーチにある、シードリフト・ラグーンで、ヨーロッパミドリガニを根絶するための集中的な駆除作戦を始めました。

予想外の結果

その結果、2013年までに個体数は約12万5,000匹から1万匹未満にまで減少しました。ところがその翌年、2014年には個体数が約30万匹にまで爆発的に増加したのです。これは、わずか1年で2013年時点の約30倍、駆除開始前の個体数と比べても約3倍にあたる急増でした。

研究者たちはモニタリングしていたほかの近隣の4つの湾では、ミドリガニのこのような個体数の爆発的増加を観察しませんでした。つまりこれは、今回の増加が大気や海洋の変化によるものではなく、駆除努力の結果であることを示唆しています。

増加の原因:共食いの消失

そこで彼らはヨーロッパミドリガニの個体数が爆発的に増加した原因が、エビやロブスター、カニなどの十脚甲殻類の成体が通常行う「若い個体の共食い」という行動の有無にあると考えました。

例えば、ヨーロッパミドリガニのメスは一度に最大18万個以上もの卵を、年に1〜2回産むことができます。そのため、駆除によりほとんどの成体が除去されたことで、若い個体の増加に歯止めがかからなくなり、成体の減少を補って余りあるほどに成長したのです。

ヒドラ効果

この研究では、短期間に過剰な駆除を行ったことが、「ヒドラ効果」と呼ばれる現象を引き起こしたと指摘されています。この名称は、首を切られるたびに2つの新しい頭が生えてくるという、ギリシャ神話の怪物ヒュドラに由来しています。


今後の管理と教訓

Ansgar Gruber, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

また、この研究は自然資源の管理に携わる人々に対して、過剰な駆除が予期せぬ結果を招く可能性があることを示す重要な教訓でもあります。つまり、すべてを駆除しようとすると、手痛いしっぺ返しを食らう可能性があるということです。

機能的駆除への転換

この研究のリーダーで生態学者のエドウィン・グロショルツ氏は、「なぜ駆除したはずの個体数がかえって増えてしまったのか、当時は頭を抱えましたが、深く考察し、理解を深めることで、何をすべきでないかについて多くの教訓が得られ、今後の道筋も見えてきた」と語っています。

彼は完全駆除にこだわりすぎるのをやめ、機能的駆除に向けて取り組むべきと考えています。機能的駆除とは外来種を完全にゼロにすることを目指すのではなく、個体数を在来種や生態系への影響が最小限となるレベルまで抑えることを意味します。

画一的な方法ではなく、対象となる環境や目標に応じて、予期せぬ影響を評価しながら管理戦略を調整することが重要です。彼は特に完全駆除が困難な種に関して、これはより効果的な手法であると考えています。

ゴルディロックスレベルのアプローチ

この研究では、いわゆる「ゴルディロックスレベル」のアプローチが提案されました。ゴルディロックスレベルとは、童話『三匹のくま』に登場する少女ゴルディロックスになぞらえた考え方です。

この話ではゴルディロックスが三つの粥を味見し、熱すぎるものも冷たすぎるものも嫌で、ちょうどよい温度の粥を選ぶ場面があります。このことから、ゴルディロックスレベルとは多すぎず少なすぎず、ちょうどよい状態を意味し、外来種の管理では個体数を生態系に悪影響を与えない適度なレベルまで抑えることを指します。

実際に今回の失敗から教訓を得たシードリフトラグーンでは、この戦略が地域住民やボランティアの協力のもとで実施され、一定の成果を上げています。このように、機能的駆除は現実的かつ安全に生態系を守るための、現場に即したアプローチといえます。


まとめ

今回の研究が示したのは、外来種対策は根絶ではなく、共存のバランスを見極めることが重要という教訓です。ヨーロッパミドリガニの事例は、善意の駆除活動が予想外の結果を招く可能性を警告しています。

生態系は複雑に絡み合ったシステムであり、ひとつの要素を取り除こうとする行為が、かえって全体のバランスを崩すことがあります。完全駆除という理想を追い求めるのではなく、「ちょうどよい状態」を維持する機能的駆除こそが、長期的に生態系を守り、経済的損失を抑える現実的な解決策となる場合もあるのです。

自然との向き合い方は、支配や征服ではなく、理解と調整を重視する姿勢が求められます。今回の失敗から学び、科学的知見に基づいた柔軟な管理戦略を採用することで、人間はより持続可能な未来を築くことができる可能性があります。

外来種問題に絶対的な正解はありません。しかし、謙虚に自然の複雑さを受け入れ、試行錯誤を重ねながら最善の道を探ることが、人間に求められている姿勢なのかもしれません。

参考:When ‘eradicated’ species bounce back with a vengeance

コメント

タイトルとURLをコピーしました