北アメリカで、膨大な数のイノシシや野生化したブタ、そしてそれらが交雑したものが急増しています。 (これらはアメリカではferal pigやRazorback、wild hogなどと呼ばれていますが、この記事ではまとめて野ブタと呼ぶようにします。)
推定600万頭いるとされる野ブタは、農場の作物を食い荒らし、郊外の住宅地にまで侵入しており、生態学的にも経済的にも大きな問題となっています。
それなのに、アメリカ人は大量に余っている、タンパク質豊富なこの動物の肉を、めったに食べることはありません。これは一体どうしてでしょうか?
この記事ではアメリカ人が野ブタを食べない理由について説明しています。
野ブタがアメリカで増加した経緯

家畜の豚がアメリカ大陸に初めて導入されたのは16世紀です。クリストファー・コロンブスは、2度目の航海をしている途中で、西インド諸島に意図的に家畜の豚を放ち、将来の探検隊が自由に利用できるようにしました。
この家畜の豚を新世界に導入する習慣は、16世紀と17世紀の探検期間を通じて続きました。このとき、もともとイギリスからヨーロッパ、ロシアに生息していたイノシシも導入された可能性があります。こうして、それらが交雑し、19世紀までに、北アメリカで一般に見られる動物となりました。
狩猟や管理によってある程度は個体数がコントロールされているシカとは異なり、野ブタは驚くべき速さで繁殖します。メスは1年に2回出産し、1回あたり4から12頭の子豚を産みます。これはつまり、野ブタの個体数の60から80%が毎年駆除されたとしても、その数は増加する可能性があるということです。
野ブタによる深刻な被害

野ブタは特にアメリカおよびカナダ南部の平原地帯において、野生と農地の両方で被害を与えており、深刻な問題となっています。
豚やイノシシは鼻先と牙を使って地面を掘り返して餌を探すため、野ブタの群れは、わずか数晩で何面ものサッカー場に匹敵する広さの畑を荒らすことがあり、その損害は毎年数十億ドルにものぼると考えられています。
また、彼らは雑食性であるため、侵入した地域に生息する、固有の植物と動物の両方にとっても危険です。野ブタが侵入した森林では脊椎動物の種の豊富さが26%低下しており、生態系への被害も同様に問題となっています
一見、この問題の解決策は明白に見えます。豊富にいる野ブタを狩り、それを食べればよいだけの話です。しかし、現実はそれほど単純ではありません。
健康への懸念、規制の煩雑さ、文化的認識などにより、野ブタの個体数が制御不能に陥っているにもかかわらず、その消費は依然としてほとんど無視されています。
病気の危険性

アメリカ人が野ブタを食べるのを避ける理由のひとつは、病気の危険性があることです。
飼育されている家畜の豚とは異なり、野ブタはゴミ、死肉、さらには小動物など、ほとんど何でも食べます。この腐肉あさりの行動により、野ブタはさまざまな寄生虫や細菌、ウイルスにさらされており、人間に感染しうる、最大24種もの病気を媒介する可能性があるのです。これには発熱、関節痛、慢性疲労を引き起こすブルセラ症、激しい筋肉痛や心臓病を引き起こす寄生虫である旋毛虫症、変異して人間に感染する可能性のある豚インフルエンザなどが含まれます。
しかも、食べなくても、肉を取り扱うことすら危険です。適切な防護具を着用せずに野ブタを解体するハンターは、切り傷を通じて病気に感染するリスクがあります。
このように、安全性を確保するのが難しいため、ほとんどの人が野ブタの肉を避けています。
販売が困難

たとえ安全に食べられたとしても、法規制により販売は困難です。牛、鶏、養豚とは異なり、野ブタはUSDA認定施設で加工されません。USDA認定施設は、アメリカ合衆国農務省によって規制および検査されている施設のことです。この検査は食品の安全性、衛生状態、品質基準が厳格に守られていることを確認するために行われます。
このように、徹底的な検査が行われていない野ブタの肉は、食料品店やレストランで販売することができないのです。
さらに、野ブタは狩猟動物ではなく外来種に分類されているため、狩猟方法や利用方法についても厳しい規則があります。多くの州では野生の狩猟肉の販売を全面的に禁止しているため、狩猟者が合法的に野ブタを殺したとしても、その肉を他人に販売することはできません。
その結果、野ブタの数が豊富であるにもかかわらず、未開発の食料資源のままとなっているのです。
野ブタの味や調理方法

野ブタを食べている少数の人たちにとって、その肉は、国内産の豚肉よりも脂肪分が少なく、
コクがあり、風味が豊かであるとよく言われます。野ブタは野生で多様なエサを食べているため、肉はより濃厚で野性みのある味です。ある人は豚肉ではなく、牧草で育った牛肉に近いと表現しています。
ただし、その味は食べていたものによって大きく異なります。ドングリや天然のエサを食べる野ブタは、より甘く、よりおいしい肉になりますが、人間の居住地の近くでゴミをあさる野ブタは、硬くて不快な食感と嫌な臭いを発することがよくあります。
そのため、適切な調理が鍵となります。野ブタの肉は養豚よりも脂肪分が少ないため、乾燥しないように注意深く調理する必要があります。野ブタはソーセージやシチューなど、じっくり調理した料理によく使われ、その肉は時間の経過とともに柔らかくなります。
アメリカとは異なり、ヨーロッパやアジアの多くの国では、イノシシを積極的に消費しています。たとえばイタリアでは、イノシシは珍味であり、濃厚なパスタ料理やシチューでよく出されます。ドイツやフランスでは、狩猟されたイノシシは伝統的な料理に調理されるのが一般的です。
野ブタに対するアメリカ人の文化的認識

アメリカ人が持つ、野ブタに対する文化的抵抗は、この動物が汚くて破壊的な害獣であるという、否定的な認識から生じているのかもしれません。狩猟動物としてアメリカで長い歴史を持つシカとは異なり、野ブタは侵略的な迷惑動物と見なされています。
アメリカの一部の地域ではワニ肉さえ普及しているにもかかわらず、野ブタを食べるという考えは普及していません。
これからの対策について
しかし、今まで見てきたように、多くの課題があるにもかかわらず、野ブタを食べることは、食糧不足と生態系へのダメージの両方に対する持続可能な解決策となり得ます。野ブタはタンパク質が豊富で、簡単に手に入ります。もっと多くの人が野ブタを安全に、責任を持って狩猟して食べれば、制御不能になっている野ブタの個体数を抑えるのに役立つかもしれません。
そのためには、人々の考え方を変え、法規制を調整する必要があります。適切な検査と処理システムが導入されれば、野ブタの肉は食品廃棄物を減らし農場を荒廃から守る、実現可能で倫理的な食料源になる可能性があります。
今のところ、野ブタは無駄な資源のままで、大量に駆除されているものの、消費されることはほとんどありません。しかし、近年、食糧安全保障と持続可能性に対する懸念が高まっています。
そのため、本当の問題は、なぜアメリカ人が野ブタを食べないのかではなく、彼らがいつまで野ブタを無視できるのかということなのかもしれません。
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