クラウドベリーは世界でもっとも希少で、そしてもっとも人気のある果実のひとつです。北欧・スカンジナビアでは伝統料理から現代の高級レストランに至るまで幅広く使われており、その奥深い風味は一流の料理人たちにも高く評価されています。
クラウドベリーは希少性と価値の高さから「北極の黄金」とも呼ばれ、年によっては1キロあたり1万円を超えることもあるほどの高級果実です。ところがこれほどまでに人気がありながら、クラウドベリーは世界中で広く商業栽培されていません。いったいなぜなのでしょうか。
本記事はこの世界一希少で人気のあるベリーについて詳しく解説しています。
この記事の要約
- 希少性と価値: クラウドベリーは「北極の黄金」と呼ばれる世界で最も希少な果実の一つで、1キロあたり1万円を超えることもある高級果実。北欧の伝統料理から高級レストランまで幅広く使われ、ビタミンCが豊富で独特の味わいを持つ
- 栽培が困難な理由: 雌雄異株で受粉が不安定、結実まで約7年かかる、北極圏の泥炭質湿原など特殊な環境でしか育たない、天候に大きく左右されるなど、商業的な大量生産が極めて困難
- 野生採取への依存: 現在流通しているクラウドベリーはほぼすべて野生のもので、自生地は代々秘密にされるほど貴重。研究や小規模な栽培の試みはあるものの、今も野生採取に頼らざるを得ない状況が続いている
クラウドベリーとは

クラウドベリーはバラ科、キイチゴ属に分類される多年草です。ラズベリーやブラックベリーと同じ仲間ですが、草本性で背丈は低く、10から25センチメートルほどに成長します。
開花時には白く、先端がわずかに赤みを帯びた花を咲かせ、受粉するとやがて実を結びます。果実は一見するとラズベリーに似ていますが、成熟過程で色が変化する点が大きな特徴です。未熟なうちは淡い赤色をしており、秋にかけて完熟すると琥珀色からオレンジ色へと変わります。この独特の色合いがクラウドベリーを少し変わった見た目のベリーとして印象づけています。
クラウドベリーは冷涼な気候を好み、主に北半球の亜寒帯から寒帯にかけての地域、具体的には北欧、シベリア、北アメリカ北部などの高山地帯、北極圏のツンドラ、針葉樹林帯に見られます。
実はクラウドベリーは日本にも自生しています。日本ではホロムイイチゴという和名で呼ばれ、主に東北地方から北海道にかけての亜寒帯地域で見られます。ホロムイイチゴという名前は、日本で最初にクラウドベリーが発見された場所が、北海道岩見沢市の幌向地区であったことに由来するとされています。
クラウドベリーが日本に残っているのは、かつての寒冷な気候の時代に分布を広げ、その後の温暖化によって生育可能な地域が北方や高冷地に限られたためだと考えられています。その結果、日本では生育地が局所的に残される「取り残された存在」となり、現在では貴重な植物のひとつとなっています。
クラウドベリーの味わいと食文化

クラウドベリーの味わいは北欧の伝統食材を現代風にアレンジする新北欧料理のシェフたちにも好まれていることからも分かるように、繊細でありながら奥行きのある深い魅力を持っています。
新鮮で完熟したクラウドベリーはビタミンCを豊富に含むため、酸味がはっきりしており、甘さと酸味のバランスが取れた爽やかな味わいが特徴です。また、完熟を過ぎた実はクリーミーと表現されるほどなめらかな食感になり、煮込むことで甘さだけでなく、うま味やコクが増すとされています。さらに、クラウドベリーのジャムはほのかにスパイスを思わせる香りを持つとも言われています。
クラウドベリーは伝統的に収穫後すぐ冷凍保存され、特別な食事のために取っておかれる果実です。特にクリスマスの時期に食べられることが多く、北欧では祝いの席に欠かせない存在とされています。
フィンランドではヒッラと呼ばれ、温めたチーズに添えて楽しまれます。スウェーデンではクラウドベリーのジャムがパンケーキやワッフルのトッピングとして用いられています。また、ノルウェーでは生クリームを手作りで泡立て、クラウドベリーと合わせたムルテクレムという、クリスマスの伝統的なデザートに使われています。
クラウドベリーの希少性と歴史

クラウドベリーは非常に希少な果実で、意識して探さなければ一生に一度も目にすることがないとも言われています。この果実は基本的に栽培されておらず、流通しているもののほぼすべてが野生のものです。そのため、自生地は代々秘密にされ、トリュフ探しになぞらえられるほど慎重に扱われてきました。
クラウドベリー摘みの最中に足を骨折した女性が、採取場所を知られないよう、実から離れた場所まで自力で移動してから助けを呼んだ、という真偽不明の逸話が語られるほど、その価値は人々に強く認識されています。
クラウドベリーが人々に愛されてきた歴史は、ヴァイキング時代、あるいはそれ以前にまでさかのぼります。ヴァイキングの探検者たちは、長い航海の際に保存したクラウドベリーを携えていました。当時は科学的な知識はありませんでしたが、その習慣によって壊血病を防いでいたと考えられています。
壊血病は体内でビタミンCが不足することで起こる病気で、出血や衰弱などを引き起こし、かつては長期航海における深刻な問題でした。クラウドベリーにはビタミンCが豊富に含まれており、結果としてヴァイキングたちは、この果実を食べることで必要な栄養素を補給していたのです。このように、クラウドベリーは単に味の良い果実であるだけでなく、人々の健康と命を支える重要な食料としても利用されてきました。
現在でもクラウドベリーは非常に貴重な果実とされており、北欧では1キログラムあたり5,000円から1万円以上で取引されることもあります。収穫量が少ない年には、さらに価格が高騰することも珍しくありません。それでは、これほど希少で美味しく、しかも高値で取引されるクラウドベリーが、なぜこれまで積極的に採取・栽培され、大規模に流通してこなかったのでしょうか。
クラウドベリーが商業的に栽培されていない理由

その理由のひとつに繁殖の難しさがあげられます。クラウドベリーは雌雄異株の植物で、1つの株は雄株か雌株のどちらかにしかなりません。そのため、実をつけるためには適切な割合で雄株と雌株が存在し、さらに受粉がうまく行われる必要があります。しかし、この条件が自然環境下でも安定してそろうことは少なく、結実自体が不安定です。
また、クラウドベリーは効率よく実をつける植物ではなく、植えてから果実を収穫できるまでに約7年もの年月を要します。さらに、果実を構成する小さな粒の数は、受粉期の天候に大きく左右され、気温や天候が安定していないと十分に実が育ちません。霜や大雨といった気象条件も収穫量を大きく減少させる要因になります。
加えて、クラウドベリーは生育環境が非常に限定されています。北極圏付近の泥炭質の湿原や高地の湿地帯といった、酸性で栄養分の少ない土壌を好み、このような特殊な環境でなければうまく育ちません。
さらに、たとえ植物が自生していても、必ず果実が実るとは限りません。たとえばイギリスでは雄株が多く、雌株が不足しているため、クラウドベリーの実がほとんど形成されない地域もあります。三つの大陸に分布しているとはいえ、果実が実際に見つかる場所は限られているのです。収穫時期も7月から8月中旬までのごく短期間に限られ、年によってはまったく収穫できないこともあります。
このような不安定さと栽培条件の厳しさが重なり、クラウドベリーは現在も野生採取に頼らざるを得ない果実となっているのです。
クラウドベリーの栽培の試み

クラウドベリーは1990年代半ば以降、複数の国が参加する研究プロジェクトの対象となり、栽培の可能性が探られてきました。2000年代初頭には、雄株のアポルトや、雌株のフィエルグル、フィヨルドグルといった選抜品種が育成され、一部の農家に提供されるようになりました。
また、フィンランドでは雌雄同株で自家受粉が可能な「ニュビー」という品種も開発されています。このように、研究段階や小規模な取り組みとしては、クラウドベリーの栽培は実際に行われており、家庭栽培や試験的な農業生産が可能な例もあります。
しかし、これらの栽培はいずれも限定的な規模にとどまっており、安定した大量生産には至っていません。生育や結実が環境条件に大きく左右されることから、商業ベースで広く流通させるほどの生産体制を整えるのは難しいのです。また、果実が非常に繊細で輸送が難しいことも、商業栽培をさらに困難なものにしています。
まとめ

クラウドベリーは独特の味わいと高い栄養価を持ち、古くから人々に大切にされてきた果実です。その一方で、雌雄異株という繁殖の難しさや、結実までに長い年月を要すること、さらに生育環境や気象条件に強く左右される性質から、安定した栽培や大量生産が極めて困難であることが分かります。研究や小規模な栽培の試みは続けられているものの、現在でも多くは野生に頼らざるを得ないのが実情です。
こうした背景があるからこそ、クラウドベリーは今なお希少性を保ち、「北極の黄金」と呼ばれる特別な存在であり続けています。自然の厳しさの中で育まれ、限られた環境でしか出会えないこの果実は、人と自然との深い関わりを象徴する存在だと言えるでしょう。
参考:A Guide to Cloudberries: All About the North’s Most Sought-After Fruit



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