オーストラリアの”ピーターパンヒキガエル”:オオヒキガエルで外来種オオヒキガエルに対抗する革新的戦略

生物

オーストラリアでは、一見矛盾しているように思える画期的な戦略が計画されています。侵略的外来種・オオヒキガエルを撃退するために、特別にゲノム編集されたオオヒキガエルのオタマジャクシを導入するという取り組みです。オオヒキガエルでオオヒキガエルに対抗する、この興味深い科学的アプローチについて詳しく見ていきましょう。

オオヒキガエル:失敗した生物防除の歴史

オオヒキガエルの分布域の増加:Original: Froggydarb at English Wikipedia Derivative work: B kimmelCC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

オオヒキガエルは1935年にオーストラリアのクイーンズランド州で、サトウキビの害虫・ケーンビートルを駆除する目的で導入されました。しかし、この決断は大きな失敗に終わります。オオヒキガエルはオーストラリアの環境で急速に繁殖し、制御不能になったのです。

オオヒキガエルのメスは一度に最大3万個の卵を産み、年に2回繁殖することが可能です。現在、オーストラリア北部には2億匹以上が生息しています。さらに深刻なのは、オオヒキガエルが強力な毒を持っていることです。これにより、オオヒキガエルを捕食しようとした在来の有袋類や爬虫類が大量に死亡しました。

従来の対策とその限界

オーストラリアワニ:[2]CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

これまで、人の手による捕獲・駆除活動が行われてきましたが、ヒキガエルの総数を減らすことにはほとんど効果がありませんでした。また、在来動物にヒキガエルを食べないように教育する「味覚嫌悪学習」という手法も試みられてきました。

この手法ではオオヒキガエルの毒性を取り除いた上で、吐き気を引き起こす化学物質を注入してワニに与えます。これにより、ワニはオオヒキガエルを食べることを避けるようになり、結果として死亡率が減少したという成果が報告されています。しかし、特に有袋類には効果が限定的でした。

ピーターパンヒキガエル:画期的なアプローチ

リック・シャイン教授とオオヒキガエル:Chedds1CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

そこで登場したのが「ピーターパンヒキガエル」と呼ばれる画期的なアプローチです。マッコーリー大学の進化生物学者・生態学者であるリック・シャイン教授のチームは、オオヒキガエルの卵から特定の遺伝子を取り除くことで、オタマジャクシの段階から成長できない幼生を作り出しました。

除去された遺伝子はオタマジャクシがヒキガエルに変化する際の変態を促進するホルモンであるチロキシンの生成を制御します。通常のオオヒキガエルのオタマジャクシは22日後に小さなヒキガエルに成長し、水から出ていきますが、ゲノム編集されたオタマジャクシは変態せず、数ヶ月間そのままの状態で生き続けた後、死亡します。ピーターパンが永遠に子供であり続けたように、これらのカエルも永遠にオタマジャクシのままで成体にはならないのです。

なぜこれが解決策になるのか?

John Robert McPhersonCC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ここで重要なのは、オオヒキガエルが実は貪欲に共食いをする生物だということです。シャイン教授によると、オオヒキガエルのオタマジャクシは卵や孵化したばかりの幼生を積極的に食べます。特にオーストラリアでは、この共食い行動が原産地である南米の2.4倍も高い頻度で観察されています。

しかも、ゲノム編集されたオタマジャクシは通常のものよりもさらに大きく成長し、より多くの卵を食べることがわかりました。試験結果によると、ゲノム編集された幼生は通常のオタマジャクシよりも大きくなり、卵を3倍も多く食べたのです。

シャイン教授のフィールド試験では、池に年上のオタマジャクシがいると新たに産み付けられた卵がまったく生き残れないケースもありました。さらに、彼らは同種の卵を徹底的に駆除し、他のカエルの卵にはほとんど興味を示さないため、生態系への影響も最小限に抑えることができます。

このように、科学者たちは同種の個体数を制御するのに理想的な、かなり大型で比較的長生きする、貪欲な共食い生物を生み出したのです。

課題と解決策

CSIROCC BY 3.0, via Wikimedia Commons

しかし、この解決策にも課題があります。ゲノム編集されたオタマジャクシは成体になることができず、繁殖可能な年齢まで成長しないため、大規模導入に必要な卵を確保するのが困難です。ひとつひとつの卵子から変態ホルモンを生成する遺伝子を取り除くプロセスを数千回も繰り返すのは現実的ではありません。

この問題を解決するために、シャイン教授のチームは欠損したホルモンを水中に放出する方法を模索しています。これにより、ゲノム編集されたオタマジャクシの一部を成体へと変化させることができます。これらのヒキガエルは生体になれないオタマジャクシを産むことができますが、その次の世代へと子孫を残すことはできません。

シャイン教授は、もしこれらの幼生ヒキガエルを成体まで育て、繁殖させることができれば、1回の産卵あたり2万から3万匹のピーターパンオタマジャクシが産まれると述べています。現時点では、このオタマジャクシは順調に成長していませんが、教授はこれらの問題をいずれ解決できると確信しています。

実施計画と安全性への配慮

Under the same moon…CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

マッコーリー大学、ミンデルー財団、そして州政府が共同で実施するこのプロジェクトは、すでに西オーストラリア州とノーザンテリトリー州の管理された環境で実験を行う許可を得ています。生物多様性・保全・観光局によると、2025年後半には西オーストラリア州でフィールド実験が予定されています。

最初の野生実験は、貯水池など、ヒキガエルが人工の水域でのみ繁殖できる場所で実施される予定です。しかし、計画土地環境省は「遺伝子組み換え生物を野生に放出することは複雑な問題であり、在来野生生物に悪影響が及ばないことを示す十分な研究が必要である」と慎重な姿勢も示しています。

ただ、遺伝子を追加するのではなく削除する今回の手法は、自然界で起こりうる突然変異と同様の変化を生じさせるもので、リスクを最小限に抑える工夫がされています。そのうえで、研究チームは現在、ゲノム編集されたヒキガエルのオタマジャクシが鳥、魚、カメなどの他の生物に与える影響の可能性についても研究を進めています。

このプロジェクトには直接関与していないカーティン大学の個体群生物学者ベン・フィリップス教授は「ピーターパンヒキガエルは繁殖地が限られている地域での防除対策として有望で賢明なアイデアだ」と評価しています。

科学的アプローチの重要性

オオヒキガエルのような侵略的外来種との戦いは、生態系保全において重要な課題です。そして、ピーターパンヒキガエルという革新的なアプローチは、生物学的特性を活かして問題を解決しようとする新たな試みと言えます。

歴史は時に繰り返すこともありますが、今回の取り組みは過去の教訓を活かし、それを基に慎重な評価と検証を経て進められています。新しい科学的アプローチに対して、自然を操作しているといった批判的な意見も見られますが、シャイン教授をはじめとする科学者たちは環境と生態系を守るために、慎重なリスク評価や倫理的配慮を行いながら、複雑な問題に対する解決策を模索し、多くの努力を重ねています。

こうした専門知識と献身的な取り組みがなければ、侵略的外来種や気候変動などの深刻な課題に対処することは困難です。外来種問題はオーストラリアだけのものではありません。あなたたちの生活圏でも同様の生態系危機が進行しています。このような科学者の研究プロセスを理解し、根拠なき批判ではなく、建設的な対話を通じて科学の進歩を支えることは、社会全体にとって不可欠といえるでしょう。

この記事はYouTubeの動画でも見ることができます。

参考:Gene-edited ‘Peter Pan’ cane toad that never grows up created to eat its siblings, control invasive species – ABC News

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