ボノボの自己家畜化とは何か？

ボノボはアフリカのコンゴに生息する大型類人猿の一種で、外見的にはチンパンジーによく似ています。このボノボは進化の歴史の中で、攻撃的な個体が排除され、おとなしい個体が子孫を残してきたことにより、家畜動物のような特徴を持つ「自己家畜化」をしたといわれています。この記事ではボノボの自己家畜化について詳しく説明していきます。

生物人類学者リチャード・ランガム教授とその著書

自己家畜化という言葉を使ったのはハーバード大学の生物人類学者リチャード・ランガム教授で、彼は「善と悪のパラドックス ーヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史」を書いた著者でもあります。

ランガム教授の専門は「暴力と非暴力の進化力学」や類人猿の保護等で、彼は1987年からウガンダのキバレ森林国立公園で野生のチンパンジーの行動について研究を続けています。

ランガム教授はこの著書においてボノボはおろか、人間も自己を家畜化したと提唱しています。そもそも人間を家畜と考えたのは、彼が最初ではなく、古くはダーウィンなども人が家畜化されたと考えていました。

ランガム教授は著書の中でこのようなことを述べています。

進化の過程で人間は言語を話せるようになりました。この利点は人類が共謀を企てることができるようになった事です。つまり、乱暴者がいた場合、大勢で共謀することによって自分たちは安全にこの乱暴者を処刑できるようになりました。これにより、カッとなってすぐに攻撃的になるような性格の人間は滅ぶこととなりました(ただし、計画的に殺害を企てる性格の人間は生き残ったっため、現在でも戦争や虐殺がなくならないのだとも彼は述べています)。

では言葉を話せないボノボには何が起きたのでしょう？

チンパンジーとボノボは非常に近縁な種で共通の祖先を持ちます。200万年前、地殻変動によりコンゴ川ができたとき、チンパンジーとボノボの生息域は隔てられました。チンパンジーとボノボは泳ぐことができないので彼らは別々の進化を遂げることとなります。

チンパンジーの進化

まずはチンパンジーから見て行きましょう。チンパンジーの生息する場所にはゴリラも生息しています。チンパンジーとボノボの祖先は樹上の果物や地上のハーブを食べていましたが、地上にはゴリラがいる為、チンパンジーはこのゴリラとの競争を避け、樹上中心の生活となり、主に果物を食べることとなりました。

チンパンジーはボノボと同じように社会共同体を持って暮らしていますが、チンパンジーの群れでは、オスが乱暴に走り回ったり、他のオスを攻撃するなどの行動が観察されます。

チンパンジーの社会では他のオスから一人前のオスと認められるためには、群れの全てのメスを怖れさせる必要があります。このようにして、オスはメスを支配して群れの秩序を守ろうとしているのです。

そのため、メスたちはオスに対して非常に不幸な関係を築いているといえます。エサを取るのもオスが中心で、メスは物乞いをする必要があります。そして実際、攻撃的なオスの方が次の子孫を残せる可能性が高くなっています。

彼らがエサを探す時、他の群れと出会うことがありますが、その時は大体群れ同士の抗争となります。この時、子供のチンパンジーが犠牲になることもあります。

このように、チンパンジーの社会では暴行、殺害が横行しているのです。

ボノボの進化

それに対しボノボの生息域ではゴリラがいないため、樹上の果物も地上のハーブも食べ放題になりました。

その結果、チンパンジーの社会では、地上で大きなグループを作ることが困難だったのが、ボノボのメスは地上で大きなグループを作ることが可能になりました。これによりオスがあるメスに嫌がらせをすると、メス全員でオスに制裁を加えることができるようになったのです。

人間は言葉によって共謀を企てたのに対し、ボノボのメスは大きな徒党を組むことによってこれを可能にしました。

ボノボの群れでは、アルファメス(群れのトップ地位のメス)がアルファオス(群れのトップ地位のメス)と同等かそれ以上の関係にあります。それは、アルファオスでいるためには、他のメスたちの支えなしにはいられないからです。

あるオスは彼の母親が生きているときはアルファオスだったけど、母親が死ぬとアルファオスの座を奪われることとなりました。このように、アルファオスでいるためには、メスに気に入られる必要があります。

ランガム教授が観察する限り、ボノボに殺害する行為は見られませんでした。ボノボは他のグループにも寛容で餌を与えたりすることさえあります。このようにボノボはチンパンジーと比べると非常に平和的な動物となったのです。

自己家畜化の定義

彼は自己家畜化を人間が関与しない攻撃性の低下の進化と定義づけています。それに対し、人間が関与した結果、攻撃性が低下したものを家畜化とし、これとわけています。

攻撃性の低下を理解するためには、まず家畜動物について考えなくてはいけません。家畜動物は野生の祖先によりも体が軽い、顔が短い、歯が小さい、性差がある場合は骨格の女性化が進んでいる、脳が小さいなどの特徴が挙げられます。

また、幼年期の特徴が大人になっても保持される小児成熟（ネオテニー）が見られます。これはオオカミとイヌの関係を見るとよくわかります。

このような特徴があらわれるのは、おとなしい子孫が残されるにつれて、アドレナリンの水準が低下していったためだということがわかっています。

ここで重要なのは、ただおとなしさの選択交配をするだけで、このような家畜が持つ特徴が表れるということです。

キツネの家畜化実験

シベリアの遺伝学者ドミトリー・ベリャーエフは家畜化で最も重要な因子はおとなしさの選択的繁殖だということを提唱し、実際におとなしい性格を持つというただひとつの条件の下、キツネを選択的に交配させました。

その結果、おとなしい性格だけでなく、巻いた尾、垂れた耳など家畜動物が持つ特徴を持つキツネを生み出すことに成功しています。

関連記事：キツネの家畜化実験

ボノボの自己家畜化

ここでようやくボノボの話に戻る事が出来ます。ボノボはこれまで見てきたように人間の関与なしに攻撃性を低下させる生物学的プロセスを得ました。その結果、ボノボはチンパンジーと比べると性差による体格の違いが少なく、体は華奢で骨が薄く、筋肉量が少なく、顔が短く、犬歯も短く、脳が小さくなっています。

成熟した個体の顔つきもチンパンジーの子供のようでネオテニーの特徴がよく出ています。このような身体的特徴にとどまらず、行動でも幼児的なもの、子供のような振る舞いを見ることができ、ボノボの子供はチンパンジーの子供よりも母親のそばで過ごす時間が長いことがわかっています。

以上のことからボノボは家畜動物が持つ特徴を持つ、自己家畜化した動物だといわれているのです。

この記事はYouTubeの動画でも見ることができます。