厳しい冬に適応した霊長類はあなたたち人間だけではありません。青森県の下北半島に生息するニホンザルはヒト以外の現生の霊長類では、世界で最も北に生息していることから「北限のサル」として知られています。
では、なぜヨーロッパの温帯林を跳び回る野生のサルの姿が見られないのでしょうか?これはただ単にヨーロッパが寒いという、気候だけの問題ではなさそうです。この記事はなぜヨーロッパにサルがいないのかについて解説していきます。
寒冷な環境に適応しているサル

実際、アジアやアフリカには、大雪や氷点下の気温に耐える霊長類が数多くいます。冒頭でもお話したニホンザルやアトラス山脈のバーバリーマカク、そして中国南西部の山岳地帯に生息するキンシコウの3種はその最たる例でしょう。
さらに、中国中部のアカゲザルのいくつかの個体群やマダガスカルの山岳地帯に生息するワオキツネザルの高地個体群も間違いなくこのリストに加えることができます。これらを見ると、霊長類が温帯気候の厳しい冬でさえも生き抜いていけることは明らかです。
ヨーロッパの南部、地中海の沿岸には文字通り地中海性気候が分布しています。地中海性気候は温帯気候の一種で、乾燥した夏と温暖な冬を持つのが特徴です。これは下北半島の厳しい寒さに較べると、はるかに穏やかといえるでしょう。
ヨーロッパに持ち込まれたバーバリーマカク

現在、ヨーロッパにいるヒト以外の霊長類はモロッコから持ち込まれたジブラルタルのバーバリーマカクだけです。
バーバリーマカクはニホンザルと同じ、オナガザル科マカク属に分類される霊長類で、もともとは北アフリカのバーバリー地方に生息し、標高400から2,300メートルで見られますが、より高地を好みます。バーバリーマカクは現生のマカク属では唯一アフリカ大陸に分布するとともにサハラ砂漠の北で生き残っているアフリカ唯一の霊長類でもあります。
信頼できるデータがないため、ジブラルタルのバーバリーマカクのはっきりした起源はわかっていませんが700年から1492年までの間に、そこに住んでいたムーア人によってペットとして北アフリカから持ち込まれた可能性が高いと考えられています。
ジブラルタルはイベリア半島の南東端に突き出した小半島を占めるイギリスの海外領土です
ジブラルタルの気候は地中海性気候に属し、比較的温暖な冬を迎え冬の日中は12度から18度前後で、夜間は10度以下に下がることがありますが、極端に寒くなることはほとんどありません。
2020年現在、5つの群れに分かれた約300頭のバーバリーマカクがジブラルタル自然保護区のアッパーロック地域に生息しています。
ヨーロッパにはかつて在来のサルがいた

このように、現代のジブラルタルのバーバリーマカクは人間によって持ち込まれたものですが、実際のところ、この種は最終氷期以前にヨーロッパ全土に分布していたことがわかっています。バーバリーマカクの化石はヨーロッパ全土、大西洋から黒海まで発見されており、これは530万年前から360万年前の鮮新世から更新世後期にかけてのもので、さまざまな亜種が存在していました。さらにこの種は、北はイングランドまで分布していたことがわかっています。北緯53度の更新世中期のイギリス・ノーフォークの化石は、ヒト以外の霊長類の記録としては最北端の部類に入ります。
ヨーロッパのバーバリーマカクはなぜ絶滅したのか?
それではどうして彼らは絶滅してしまったのでしょうか?
ヨーロッパでのバーバリーマカクに関する最後の記録は最終氷期がかなり厳しくなってきたころの
85,000年から40,000年前のバイエルンのものです。バーバリーマカクはそれ以前の氷河期を、地中海沿いへ避難することで生き延びてきましたが、最終氷期は彼らをヨーロッパ大陸から追い出しました。ただし、これはそれほど驚くことではありません。
それは、過去300万年にわたり、地球は頻繁に氷河期を経験してきたため、ヨーロッパ、特にアルプス山脈では亜熱帯および温帯の動植物の多くを失っているからです。一方の東アジアではヨーロッパで絶滅したこれらの種の近縁種が生き残っています。
それではなぜ、ヨーロッパ大陸の生物は絶滅しやすいのでしょうか?
それは、ヨーロッパ大陸は山脈の位置関係により、気候が寒冷化したときに温帯および亜熱帯の種が南に避難することが困難となるからです。彼らが南に移動することは、必然的に標高が高くなることを意味し、これはより寒冷で厳しい環境となります。

ただ、一部の生き残りは山の隙間を通って広がり、厳しい氷河期に地中海沿いで生き残ることができました。
例えば、下北半島に生息するニホンザルは、海岸を餌場とすることで知られています。彼らは海岸に出て、岩に張り付いているヨメガカサなどのカサガイ類を剥がして食べるほか、ホンダワラやアマノリなどの海藻類を食べます。他地域でもニホンザルが海岸に出る例は知られていますが、これほど海産物を食べる例はほかにはないようです。これは、森林の食物だけに頼っていては、厳しい環境のこの地域では生き延びられないためだと考えられています。バーバリーマカクもこの北限のニホンザルと同じように、何らかの方法で厳しい氷河期を地中海沿いでやり過ごしていたのでしょう。
バーバリーマカクは厳しい氷河期を耐え抜き、気候が温暖化した後に、再びヨーロッパ全土に生息範囲を広げるということを繰り返していたようです。
しかし、この移動のプロセスには多くの偶然が関わっており、途中で絶滅するリスクが高いことは想像に難くありません。
約50,000年前に人類がヨーロッパに到達しています。そのため、古代人類とバーバリーマカクは多くの場所で共存しており人類はバーバリーマカクを食料源として利用していた可能性があります。
おそらく、ヨーロッパのバーバリーマカクは最後の厳しい氷河期で個体数が極限にまで減少したところを不運なことに、人間による狩猟によって苦しんだのでしょう。このように、気候変動や人間の活動という複数の要因が重なった結果、バーバリーマカクはヨーロッパから姿を消した可能性があります。
ただし、生物地理学には未解決の疑問が山積しており、これは仮説に過ぎません。ジオチャンでは最新の研究結果がわかり次第みなさんにシェアしていきます。
この記事はYouTubeの動画でも見ることができます。
コメント