イトウは日本最大級の淡水魚として知られ、何でも食べる悪食で、アイヌの伝承では鹿や人間さえも食べたと伝えられています。実際に人間を食べることはあるのでしょうか?この記事はイトウについて説明しています。
イトウとは
イトウはサケ目サケ科イトウ属に分類される淡水魚です。
和名は「糸魚」を意味し、これはサケ類としては全長に対して体高が低く、細長い体型である上にサケとは違い、早春に上流に遡上、産卵し、初春から晩春にかけては生殖活動後の痩せ細った個体が多く見られ、「糸のように細い魚」という印象が持たれたことによります。このことから「イト」、「イド」などとも呼ばれています。
イトウ属はイトウのみによって構成されていますが、ユーラシア大陸にはイトウに生態や形態が似たHucho属が分布しています。
イトウの背中と側面には無数の小さな黒点があり、産卵期には特にオスに婚姻色が現れ、全体に赤みを帯びます。彼らは他のサケ類と違い、頭部は平坦で、両顎は頑丈で鋭い歯が生えています。
イトウの大きさ
イトウの体長は1mから大きいものでは1.5mになります。捕獲された平均的な重さは約5kgですが、国際ゲームフィッシュ協会による世界記録では最大で9.45kgにもなります。また、未確認の記録では、1937年に北海道の十勝川で全長2.1mのイトウが捕獲されています。
イトウの生息域
イトウは極東ロシアの沿海地方、ハバロフスク、樺太、千島列島の湖や大河および日本の北海道に生息しています。他のサケ類に見られるように降海性を持ちますが、一生を淡水で過ごす個体群もあれば、海から川に上る遡川性個体群もあります。
かつて一部の釣り師によりが降海型をオビラメと呼び、糸のようにスリムな体形を持つ河川型のイトウとは別種であるという分類がなされたこともありますが、本来イトウは容易に降海性を獲得できる能力を有しており、現在、この認識は間違いであったと考えられています。
イトウは勾配のゆるい河川を好み、稚魚の生育には氾濫原のような水域が必須です。一部の個体は汽水域や沿岸域で生活しますが、通常、夏季は上・中流域、冬季は下流域で生活します。
イトウの繁殖
降海後の海洋での生活はよくわかっていませんが、メスは6から7歳、オスは4から6歳で性成熟を迎えます。他のサケ類と違い、産卵後に死なず、一生のうちに何度も産卵を繰り返す為、寿命は非常に長く、15から20年以上も生きます。
北海道での産卵期は3月から5月で、寒冷な地域では遅くなります。オスはメスをめぐっての闘争を行うことがありますが、勝敗は体の大きさで決まります。メスは一度に5000~1万粒程度の卵を産みます。
稚魚は流れの緩い場所に好んで生息し、主に水生昆虫を食べます。体の側面にはパーマークと呼ばれる淡い色の小判型の模様が6から7個ありますが、体長が15cm程になると消えます。長さ30cmを超えると魚食性が現れ、共食いを含め他の魚を食べるようになります。
イトウの伝説
大きな個体がカエルやヘビ、ネズミ、鳥の雛などを食べることもあるほどの悪食さでも有名です。
このためアイヌの民間伝承では、鹿や人間さえも飲み込んでしまう怪魚として伝えられています。イトウはアイヌ語でチライなどと呼ばれ、人を飲み込んだチライはアイヌの勇者カンナカムイにより銛で退治されました。この死体は川をせき止めるほど大きかったため、湖ができたと言われています。
ただ、これは伝説のため、実際に人を食べたという確かな報告は現在までありません。
イトウの利用
アイヌではイトウは食用はもとより丈夫な皮が衣服や履物にも利用されていました。
イトウは稀少さと大きさから釣り人や自然愛好家、魚類研究者からの関心や人気が高く「幻の魚」と呼ばれています。
彼らは主にルアーやフライで釣られ、エサを使う場合もあります。釣り期は道南では3月と10月から11月、道東や道北では5から6月と10月から12月ですが、希少種なので捕獲はせずキャッチアンドリリースが励行されています。
管理された漁場でも釣り用に飼育されており、食用にも流通し、一部の店ではイトウ料理を食べることができます。
イトウは淡水魚でありながらも川魚特有の生臭さがなく、白身で脂が乗り、美味しいと言われています。マスとイワナを足して2で割ったような味わい、あるいはビンチョウマグロに似ていると評されることもあります。
旬は特に脂の乗る越冬期の10から3月で、刺身やマリネなどの生食を始め、ムニエルや唐揚げなどで食べられます。
青森県鰺ヶ沢町では白神山地から流れ出る赤石川の冷たい水を利用して1985年に養殖が始められました。養殖魚は購入することができますが、水温が上がると死ぬこともあり、多くは地元の飲食店で消費されます。
また北海道北見市にある「山の水族館」のように、展示用に飼育している施設もあります。
イトウの保護について
2006年以降、国際自然保護連合は、サケ科魚類専門家グループによる評価に基づき、イトウを絶滅危惧種に指定しています。この評価により、生息域全体の個体数は過去の水準の5%未満にまで減少していることが明らかになりました。
かつては岩手県で1水系、青森県小川原湖の他1水系にも生息していましたが、地域絶滅しています。北海道にも広く分布していましたが、1960年代には9水系での生存が確認できなくなり、さらに1980年代末には24水系での生息報告が途絶えました。
現在、イトウの生息する南限は北海道の尻別川ですが、この川での自然増殖はほぼ絶望視されています。
この個体数減少はダムや堰など河川内構造物による遡上妨害、河川の直線化と氾濫原の農地化による産卵、生育環境の悪化などが原因とされています。世界的にも農地拡大や最近では石油ガス開発により本来の生息地の50%以上が失われています。その他にも、ロシアと日本のサケ漁における混獲やロシアでの違法漁業などが減少の原因です。
また、イトウを釣り上げることは日本の遊漁者にとって自慢の種となっています。イトウの婚姻色は鮮やかな茜色となるため、姿が目撃されやすく、格好の狙いの的になります。
また、イトウが体長1mくらいに育つまでには十年程度の時間が必要なため、サケ科の魚としては長命である反面、成長速度が非常に遅いという特性があります。さらに産卵を行う際、上流域までの移動距離が長いことなどが、イトウの希少性と相まって、個体数の減少に拍車をかけているものと考えられています。
このため北海道では、環境DNA解析による生息水系の調査や産卵のための遡上を助ける魚道設置といった保護活動が行なわれています。また北海道および北海道内のいくつかの自治体では保護条例を制定しています。
養殖された個体の河川への放流も盛んに行なわれています。ただ、2000年代になってもイトウの個体数は減少を続けており、現状の保護施策では自然回復は見込めないと考えられています。また、遡上を容易にする目的で設置されている魚道が目論見通りに機能していないとの指摘や、イトウは水系ごとに異なる遺伝特性を保持していると考えられるため、増殖を目的とした放流に際しては水系からの移植は避けるべきであると指摘もあります。
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