シャチは棲む場所や群れによって異なりますが、魚、ペンギン、アザラシ、イルカなどほとんどの海洋生物を捕食します。
このようにシャチは海の頂点捕食者として君臨していますが、彼らの狩りの邪魔をする生物がいます。それがザトウクジラです。
ザトウクジラは驚くべきことに、シャチに襲われているのが自分たちの仲間でなくても現場に駆けつけて全力でシャチの狩りの邪魔をします。
では、なぜザトウクジラは危険を冒してまで他の生物を守るのでしょう?彼らは善意で他者を守る海のヒーローなのでしょうか?
シャチから他の動物を守るザトウクジラ

シャチは群れで狩りをします。この狩りは非常に高度なもので、彼らは仲間と連携してさまざまな作戦を取ります。
例えば、シャチより大きいクジラを息継ぎできないように妨害して溺死させます。
一方、ザトウクジラは仲間を守るために激しく闘うことで知られています。
さらにそれだけではなく、彼らはシャチに狙われているのが他の動物であっても、それらを守るためにシャチを襲うこともあるのです。
基本的に生物は直接自分たちの利益にならない行動は取らないと考えられています。
特に自分たちの身に危険が及ぶ場合はなおさらです。
2012年5月、研究者たちはアメリカ・カリフォルニア州モントレー湾でコククジラとその子供を攻撃するシャチの群れを観察しました。
この闘争の末、子供は殺されてしまいました。
しかしその後、驚くべきことが起こったのです。
シャチがコククジラを攻撃している時、2頭のザトウクジラが既にその現場にいました。
しかし、子供が殺された後、まるでシャチがその子供を食べるのを防ぐかのように、さらに14頭のザトウクジラが駆けつけたのです。
そしてあるザトウクジラはその子供の死骸の近くにとどまり、シャチが餌を食べようと近づく度に尾びれを振っていました。
こうして6時間半の間、ザトウクジラは胸びれと尾びれでシャチを叩こうとしていたのです。この時、ザトウクジラの好物であるオキアミの大群が近くにあらわれました。
それに目もくれず、彼らはシャチと対峙していました。
ザトウクジラが怪我をする危険を冒してまで、このように全く違う種を守るために多くのエネルギーを浪費する理由は明らかになっていません。
ただ、分かっていることは、これが全くの特別な事例ではないということです。
過去62年間でザトウクジラとシャチの間で115件にも及ぶ相互関係が記録されていたことが科学雑誌Marine Mammal Science(マリン・ママル・サイエンス)に発表されました。
今回観察されたザトウクジラが取ったような行動は、世界中の地域で起こり続けているのです。
同種の子どもを守るためか?

研究者はザトウクジラがシャチの狩りを妨害することである種の利益を得ていると考えると、生物学的な説明がつくと考えています。
例えば、シャチはザトウクジラを攻撃することが知られており、ザトウクジラが若い時はシャチに捕食される危険性があります。しかし、一度ザトウクジラが成長してしまうと話は別です。
シャチの大きさはオスが6m~8mで、メスが5m~7mの間です。これに対し、ザトウクジラはオスの全長が13.4mで、メスが13.7mになり、特に大型の個体は全長17~18m、体重40tに達します。
ザトウクジラはヒゲクジラの仲間であるため歯は持っていませんが、胸びれは非常に大きく、全長の1/3に達します。この大きな胸びれと尾びれを使ってシャチを一撃で叩き殺すこともあるといいます。
このように1頭のザトウクジラがシャチの群れ全体を相手にできるほどの大きさと力を持つまでに成長するのです。
したがって、おそらくこの救助行動はザトウクジラの最も脆弱な時期である子供時代を乗り越えるのを助ける方法として進化してきたと考えられます。
ザトウクジラは若いクジラが危険にさらされている時、シャチを攻撃します。
このとき、攻撃を受けている子供は助けにくる大人のクジラとなんらかの血縁関係にある可能性も充分にあります。
ザトウクジラの子供は母親の餌場や繁殖地に戻る傾向があるため、近くに棲むザトウクジラほど血縁関係が近い傾向にあるからです。
個人的な経験のため?

しかし、科学者が過去10年間に観察した事例で、仲間がシャチに襲われている時に守ったのは全生物種のわずか11%に過ぎませんでした。
残りの89%はアザラシ、アシカ、イルカその他の海洋哺乳類を守っていたのです。
このような手助けは、時には何時間にもおよび、複数のザトウクジラが参加し、シャチが最後に諦めて撤退するまで粘り強く続きました。
さらに、哺乳類だけでなく、マンボウのペアがシャチに襲われている所を救おうとした事例すらありました。
おそらくこれはザトウクジラの各個体による経験に基づいた行動なのかもしれません。
研究者は全てのザトウクジラがシャチの狩りに干渉するわけではないと考えています。
彼らはおそらく子供の時にシャチに襲われ、傷を負う多くのザトウクジラがいるのではないかと述べています。
それらのザトウクジラは尾ひれにシャチによる攻撃の傷跡を負っていることが分かっているからです。
研究者たちは全てのザトウクジラの1/3が一生のうち一度はシャチに狙われた経験があると推測しています。
したがって、各個体の個人的な経験がシャチの狩りに干渉させている可能性があります。
シャチの個体を減らす本能的な戦略のため?
この研究はまた、ザトウクジラは襲われている動物に対して反応したのではなく、シャチの狩りをするときの音を聞きつけてやってきた可能性がある事にも言及しています。
これは現場に駆けつけるまでにどの種が攻撃されているかをザトウクジラは知らないことを意味します。
そのため、これはシャチの捕食を妨害し、エサを食べられなくしてシャチの個体数を減らすザトウクジラの戦略なのかもしれません。
このように、ほとんどの場合、他の種に利益をもたらすような行動が実はザトウクジラの個体数が増えるという、彼らにとっての利益をもたらすことがあると考えられます。
ザトウクジラは正義のためにシャチと戦っている?

一方でザトウクジラが利他的行動をとっているのだと考える専門家もいます。
彼らはクジラ類が別の種のメンバーを助けることは驚くべきことではないと考えています。
ザトウクジラは高い思考能力と問題解決能力、決定力を持ち、仲間同士でコミュニケーションをとることが可能です。
したがって、これらの能力は共感的な反応ができる知性を持っているということを意味します。
これはザトウクジラだけが他の種に何らかの敬意を示す動物だというわけでもありません。
イルカが人間を助けたといった話はよく聞きます。
しかし、動物の専門家ではなく、一般人がそのような出来事を報告することが多いため、人間側が勝手にイルカが利他的な行動をとっていると誤解をしている場合も多いのです。
ザトウクジラが本当に利他的な行動をとっているのか、もしくは何らかの利益があるためなのかは更なる研究の必要があるようです。
ザトウクジラについてより深く知りたい方へ
📘 クジラ 海の巨人
著者:ブライアン・スケリー
監修:田島 木綿子(国立科学博物館)
出版社:日経ナショナル ジオグラフィック
『ナショナル ジオグラフィック クジラ 海の巨人』は、クジラやイルカを何十年にもわたって撮影してきた写真家ブライアン・スケリーの集大成ともいえる写真集です。
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「海の巨人」と呼ばれるクジラたちの雄大な姿を、圧倒的な写真とともに堪能できる一冊。
ザトウクジラをはじめとする海洋哺乳類の世界を、より深く知りたい方におすすめです。
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参考:Scientists Think This is Why Humpback Whales Save Other Animals



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