ジビエの王様「アナグマ」はなぜ家畜化されなかったのか?

動物

アナグマの肉はジビエの中でも高い評価を受けており、ジビエの最高峰と称されることもあります。脂身は甘く、濃厚な旨味があり、国産豚肉や牛肉のような深いコクを楽しめる食材として紹介され、牛肉より美味しいと評する人もいるほどです。

とくに脂の乗った部位は口の中でとろけるような食感で、ジビエの本場フランスの料理店でも珍重されています。

このように、美味しいと評価されるアナグマ肉でありながら、ウシやブタのように一般的な家畜として広く飼育されているわけではありません。では、なぜこれほどまでに魅力的な食材であるアナグマが家畜化されなかったのでしょうか。

この記事の要約

  • アナグマの肉は非常に美味しいジビエの最高峰とされている – 脂身が甘く濃厚な旨味があり、牛肉より美味しいと評する人もいるほど。日本では古くから狩猟の対象とされ、江戸時代の文献にも「脂肪に富み美味」と記録されている。
  • アナグマは穴掘り習性、攻撃性、夜行性により飼育管理が極めて困難 – 囲いを掘って脱走する、縄張り意識が強く高密度飼育で殺し合いが起きる、夜行性のため日中の管理が難しいなど、集団での安定的な飼育が不可能。
  • 食用効率も悪く家畜化には不向き – 冬の時期だけ肉質が良く季節変動が大きい、ドングリや果物など高コストな餌が必要、繁殖管理が困難など、ウシやブタのように年間を通して安定的に生産できない。韓国で養殖例はあるものの、これは野生動物の利用であり真の家畜化ではない。

アナグマの特徴とその利用

Christof Bobzin (Donkey shot), CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

アナグマの種類と分布

アナグマ属はイタチ科に属する哺乳類で、世界にはヨーロッパアナグマ、アジアアナグマ、ニホンアナグマの三種類が存在します。

ヨーロッパアナグマはヨーロッパ全域の森林や草原に生息し、アジアアナグマは中国、韓国、ロシア東部などに分布します。そしてニホンアナグマは日本固有種で、本州・四国・九州の山林に広く生息しています。

日本におけるアナグマの歴史

ニホンアナグマは古くから日本人の生活と深く関わってきた動物です。ムジナとも呼ばれ、古い文献や民間の食文化にもその名が登場しています。

日本の狩猟文化の歴史を見ると、古代から中世には狩猟で得た獣肉を食べる習慣があり、仏教伝来後は一時的に肉食が敬遠された時期もあるものの、地域によっては獣肉を食べる文化が続きました。

『後風土記』など江戸時代の資料によれば、当時からアナグマの肉は脂肪に富み、美味とされていた記述が残っています。特にタヌキがまずいとされたのに対し、アナグマの肉は味がよいと評価されていた、と伝えられています。

アナグマの捕獲方法

ニホンアナグマは古くから日本各地で狩猟の対象とされてきましたが、その捕獲方法は生態である穴掘りと夜行性を強く利用したものが中心でした。

中でも、もっとも代表的なのが穴猟です。アナグマは地中に複雑な巣穴を掘って生活するため、猟師は足跡や糞、掘り返された土の状態から巣穴を特定し、そこを掘り進めて捕獲しました。この方法は非常に労力がかかり、地形や土質を読む経験が不可欠だったため、熟練した猟師の技術が重視されました。

地域によっては犬猟も行われました。猟犬にアナグマの巣穴を探させ、内部に入り込んだ個体を追い立て、外へ出たところを捕獲する方法です。ただし、アナグマは攻撃的で噛みつく力も強いため、犬猟は危険を伴う猟法でもありました。

アナグマは冬に活動が鈍くなるため、晩秋から冬にかけてが狩猟の時期として選ばれることが多く、これは古くからの猟の知恵として各地で共通しています。

近代以降は箱罠やくくり罠が使われるようになり、これらの罠猟は夜間に活動するアナグマの通り道や巣穴周辺に設置されることが多くあります。

アナグマの食用利用

アナグマの肉が美味しいとされる理由のひとつは、その食性にあります。果実やどんぐりなど自然の餌を幅広く食べる雑食性のため、脂に甘みや旨味があり、肉全体にもコクがあると評価されてきました。また、首肉やモモ肉を煮込みに使うなど、部位ごとの食味の違いが楽しめるとする実食報告もあります。

伝統的な料理方法としては、味噌や醤油で根菜とともに煮込む鍋料理などで、一部の地域では汁物にすることもありました。こうした食べ方は冬の滋養を補う料理として利用されることもあり、冬眠前の脂が乗った季節の捕獲が好まれた歴史があります。

また、肉だけでなく毛皮や皮としても利用され、さらに、脂や内臓が薬用として民間で利用された例もあります。

海外でのアナグマ利用

海外でもアナグマは食用や薬用として利用されてきました。ヨーロッパに生息するヨーロッパアナグマは古くから狩猟対象とされ、その肉が食用として用いられてきました。また、アジアアナグマは中国や韓国を中心に食用や薬用の目的で捕獲され、地域の食文化や伝統医療に取り入れられてきた歴史があります。

ただし、いずれも野生の個体を対象とした狩猟や利用が中心であり、家畜化や品種改良の対象とはなっていません。それではなぜ、これまでの人類の歴史の中でアナグマを家畜化することがなかったのでしょうか。


アナグマを家畜化できない理由

穴掘り習性による管理の困難さ

まず、アナグマは非常に掘る習性が強く、飼育下では囲いの中から地面を掘って脱走してしまうことがあります。そのため、施設の維持や集団での管理がきわめて難しくなります。

社会性と攻撃性の問題

また、アナグマ属の動物は一定の社会性を持つ一方で、性格や行動の面で家畜化を難しくする特徴を備えています。

たとえばヨーロッパアナグマでは平均して6頭ほどの成体が集団を形成し、最大で20個体以上が関与することもあります。これらの集団は巣穴や地下道、食物資源を共有し、群れ内では比較的協力的で寛容な関係が保たれています。

しかしその一方で、アナグマは非常に縄張り意識が強く、群れの外から侵入してきた個体に対しては激しい防衛行動をとります。

特にオスは春先の繁殖期になると他の縄張りに侵入し、首や臀部に噛みついたり激しく追いかけ合ったりする衝突が頻繁に見られます。そのため、高密度で飼育すると個体間での殺し合いやストレスによる病気が発生しやすくなります。

ペットとしての飼育例

ヨーロッパアナグマがペットとして飼育されていたという記述はいくつか存在し、飼い慣らされたアナグマは名前を呼ぶと飼い主のもとに来るよう訓練できたとも伝えられています。しかしその一方で、ネコやイヌの存在を受け入れにくく、多くの場合、これらの動物を追い立ててしまいます。

防御行動と臆病な性質

このような攻撃性は、追い詰められた場合や外敵に遭遇した場合にも発現します。アナグマは基本的に臆病な性質を持ち、人間に出会った際には多くの場合すぐに逃げようとしますが、逃げ場を失ったり身の危険を感じたりすると、一転して非常に激しい防御行動に出ることがあります。

夜行性による管理の困難さ

加えて、アナグマは夜行性であるため、飼育者が日中に観察・管理をおこなっても行動パターンが合わず、繁殖期の個体間トラブルや攻撃性に気づきにくくなります。群れ内の縄張り争いや繁殖行動も夜間に起こることが多く、繁殖や子育ての安全確保、集団の安定した管理が難しくなります。

繁殖管理の困難さ

さらに、アナグマは繁殖期が限られており、個体ごとに繁殖のタイミングや成功率が異なるため、計画的な繁殖管理が困難です。自然界では巣穴や広い縄張りの中で繁殖行動を行い、飼育下で同様の条件を再現することは非常に難しく、生産性や効率の面でも課題があります。

品種改良の困難さ

このように、家畜化では性格や健康、成長速度などの望ましい特徴を持つ個体を選抜して次世代に引き継ぐことが重要ですが、アナグマは攻撃性や縄張り意識が強く、選抜作業自体が危険を伴ううえ、穴掘りや夜行性といった特性のため管理が行き届きにくくなります。

食用効率の問題

食用としての効率の面でも、アナグマには大きな制約があります。

まず、アナグマは脂肪が蓄えられる冬の時期のみ肉質が良く、美味しくなる傾向がありますが、それ以外の季節は体脂肪が少なく、肉質も硬いため、安定して美味しい肉を得ることができません。

さらに、アナグマの肉の味は食べるエサによって大きく左右される特徴があります。ドングリや果物など脂肪の質を良くする餌を与えれば美味しくなりますが、これらは購入コストが高く、年間を通した飼育や食用生産の効率を下げます。

ウシやブタとの比較

これをウシやブタと比較すると違いは明確です。ウシやブタは穀物や飼料牧草など、比較的安価で安定したエサで育てることができ、年間を通して均質な肉質を得ることが可能です。


アナグマの養殖

近年、韓国ではアジアアナグマの養殖が見られるようになっています。これは主に伝統医療や食用としての需要を満たす目的で行われており、1990年代以降に始まったとされています。市場では肉だけでなく化粧品や健康食品など、多様な製品が流通しています。

こういった養殖場ではアナグマが逃げ出さないようにコンクリートやワイヤーで囲いを設置し、自然に掘る習性を制御する工夫がなされています。また、繁殖を安定させるためにホルモン注射を使うこともあります。

しかし、こうした管理はあくまで野生動物を利用するためのものであり、人為的に望ましい性質を固定して子孫に引き継がせる家畜化とは異なります。


まとめ

こうして見てくると、アナグマはその見た目や肉の美味しさだけでなく、長い歴史の中で人々の生活や文化に深く関わってきた動物です。

しかし、性格や行動、生態の特性、さらには飼育や生産の効率の面から考えると、ウシやブタのように人間の都合に合わせて安定的に利用する家畜化は不可能であることがわかります。


参考:幻のジビエ『アナグマ』。甘味のある脂身だけでなく、実は〝モツ〟が美味しいんですよ | 新狩猟世界

雪国穴熊 | 商品紹介 | 雪国ジビエ [公式ストア]

Analysis: Thousands of badgers being farmed in South Korea could be a disease risk | UCL News – UCL – University College London

South Korea badger farming linked to illegal wildlife trade and disease concerns | UCL News – UCL – University College London

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