マッコウクジラ:歯のある動物で世界最大の捕食者

生物

マッコウクジラはハクジラ類の中で最も大きく、歯のある動物では世界最大となります。この巨大な海の生物は、その大きな体と鋭い歯に加え、驚くべき秘密兵器も持っています。本記事はマッコウクジラの生態を詳しく解説し、その驚異的な強さの秘密に迫っています。

マッコウクジラの基本情報

Gabriel BarathieuCC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

マッコウクジラは鯨偶蹄目マッコウクジラ科マッコウクジラ属に分類される大型のクジラです。彼らは北極から南極まで世界中に分布しており、メスと子供は母系の集団で暮らす一方、オスは成熟すると単独で行動するようになります。

標準的なオスの体長は約16〜18m、体重は約50トンにも達し、歯のある動物としては最大の種となっています。マッコウクジラの最大の特徴はその肥大化した頭部で、全体の長さのおよそ1/3を占め、他のクジラ類では見られない特徴です。

このクジラの脳は、おそらくすべての動物の中でも最大かつ最重量であり、平均で約7kgにもなります。下顎には20〜26本の鋭い歯を持ち、それぞれの歯は約1kgもの重量があります。

食性と捕食行動

© Moheen Reeyad / Wikimedia Commons / “Skeleton of Sperm Whale (Physeter macrocephalus), Lee Kong Chian Natural History Museum (105036)”

マッコウクジラの主な餌はヤリイカやダイオウイカなどの頭足類で、スケトウダラのような深海魚類も食べます。さらに、時にはウバザメやオンデンザメなどの大型のサメを捕食することもあります。

これらの深海に住む生物を狩るため、マッコウクジラは一生の約2/3を深海で過ごすといわれています。彼らの潜水能力はクジラ類の中でも特に優れており、ヒゲクジラ類の潜水深度が200〜300m程度であるのに対し、マッコウクジラは軽く2,000mまで潜ることができ、最も深いところでは3,000mまで潜ったという記録もあります。

マッコウクジラは全身の筋肉に大量のミオグロビンを保有し、これによって大量の酸素を蓄えることが可能です。このため、約1時間もの間、呼吸することなく潜っていることができます。さらに、このおかげで肺を空にして深海の水圧の影響を受けないことも分かっています。

彼らは通常、約1,000m近くの深海に潜ってから、息継ぎのために水面に上がり始めるまでの約20分間、深海で捕食などの活動を行います。この時、光の届かない深海では、エコーロケーションを用いて獲物を探知します。このエコーロケーションは仲間同士のコミュニケーションにも使われています。

マッコウクジラとダイオウイカの戦い

Will Falcon aka Vitaly SokolCC BY 4.0, via Wikimedia Commons

マッコウクジラの頭部には、無数のひっかき傷のようなものが見られます。これはダイオウイカを捕食する際、イカが抵抗してその吸盤でマッコウクジラの皮膚につけた傷です。

ダイオウイカは背骨を持たない生物としては地球上で最大級の大きさで、一般的には全長10〜12m、体重100〜275kgにもなります。その吸盤は直径5cm〜15cmにもなる大きなもので、吸盤の内側にはキチン質の歯があり、鋭い刃のようなギザギザがついています。

このような大きく鋭い吸盤を持つダイオウイカですが、マッコウクジラには敵いません。それはマッコウクジラが秘密兵器を隠し持っているからです。

マッコウクジラの秘密兵器

マッコウクジラは頭部にある鳴音器官と呼ばれる構造を使ってクリック音を発します。この音は230dB以上にも達し、これはロケットの発射音に匹敵し、生物が出す最も大きな音となります。また、水中でのその圧力は極めて高いため、水が加熱されたり沸騰するといった現象が起こることもあります。

マッコウクジラはこのクリック音を使ってダイオウイカを気絶させてから食べるのです。興味深いことに、マッコウクジラには鋭い歯が生えているにもかかわらず、ダイオウイカを噛まずに丸飲みしています。そのため、マッコウクジラに歯がある理由ははっきりと分かっていません。

歯を持たない個体にもかかわらず、健康に太った野生の個体も実際に観察されているからです。このことから、恐らく同じ種のオス同士で争う際に歯が使用されるのではないかと考えられています。

人間にとっての脅威

MuseonCC BY 4.0, via Wikimedia Commons

マッコウクジラは時として人間にとって脅威となることもあります。1820年、捕鯨船であるエセックス号は、乗組員20人を乗せてガラパゴス諸島から2,800km以上離れた海域で捕鯨をしていました。当時の捕鯨は、捕鯨船から小型ボートに乗り換え、クジラに銛を突き刺していたのですが、このときボートが故障したため、エセックス号に戻って修理をしていました。

すると突然、巨大なオスのマッコウクジラが現れ、船に体当たりしたのです。平均的なオスのマッコウクジラは20m以下ですが、この個体は26mあったと推測されています。サイドから攻撃された船は壊滅的なダメージを受け、やがて海に沈んでいきました。

ある研究者は、このとき、ボートの修復のために釘を打っていた音が、鯨が出すクリック音と似ていたため、このオスは別のオスが縄張りに入ったのだと勘違いしたのではないかと考えています。エセックス号は全長が26.5mあり、耐久性に優れたホワイトオークで作られた船だったにもかかわらず、最終的には沈没してしまいました。

結局、当初20人いた乗組員は過酷な漂流を強いられ、救助されたのはわずか8人だけでした。この事件は、アメリカの小説家ハーマン・メルヴィルの長編小説『白鯨』のモデルになっているとも言われています。

海の最強生物

このように、オスのマッコウクジラは巨大で力強く、海の頂点捕食者であるシャチでさえも敵わないと言われています。マッコウクジラの体重は50トンに達しますが、シャチは大きいオスでも5トン程度で、マッコウクジラの10分の1程度です。

ただし、メスのマッコウクジラはクジラ類の中でもオスとメスの体格差が大きく、メスの体重は25トン程度で、オスのほぼ半分ほどしかありません。そのため、シャチは仲間と巧みに連携して子連れのメスのマッコウクジラを狙います。この時、子供だけでなくメスも襲うことがあります。

もし人間がマッコウクジラに飲み込まれたら?

2021年6月には、アメリカのマイケル・パッカードさんというロブスター漁師が、ヒゲクジラであるザトウクジラに呑まれて約30秒後に吐き出されたという話が話題になりました。このように、たとえ世界一大きい動物であるシロナガスクジラであっても、ヒゲクジラは食道が細いため、人間を飲み込むことはできません。

しかし、マッコウクジラのような歯のあるクジラの場合、人間を飲み込むことは可能とされています。ただし、過去にクジラに飲まれたという話は何度か伝えられていますが、真実かどうか疑わしいものが多く、人間が実際にクジラに食べられたという事件は確認されていません。

それでは、仮に何らかの理由で人間が飲み込まれたとしましょう。もし人間がマッコウクジラに噛まれることなく丸呑みされ、胃袋に入ったとしても、そこには空気がなく、メタンガスだけが充満しています。そのため、すぐに窒息してしまうでしょう。

この時、マッコウクジラの胃の中では、大好物であるアカイカは腹部に発光器を持っているので、消えゆく意識の中、この儚い光のショーを最後に見ることになるでしょう。

まとめ

マッコウクジラは、その巨大な体格、優れた潜水能力、そして強力な音響兵器によって、海の中でも特に強力な捕食者となっています。歯のある動物として最大の種であり、深海の支配者としての地位を確立しています。

時として人間にとって危険な存在になることもありますが、その生態は非常に興味深く、海洋生物学の研究対象として今後も注目され続けることでしょう。

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