はじめに
イシナギは非常に大きく成長する海水魚で、カリフォルニアなどに生息するコクチイシナギは全長が2.1mにもなります。また、この魚の肝臓には大量のビタミンAが含まれているため、食べると中毒することがあります。本記事はその巨大魚イシナギについて詳しく解説しています。
イシナギとは?

イシナギは、スズキ目スズキ科イシナギ属に属する海水魚の総称です。イシナギ属には、日本海やカリフォルニアに生息するコクチイシナギと、日本各地に分布するオオクチイシナギの2種が知られていますが、一般的にイシナギといえばオオクチイシナギを指します。
1950年代まではオオクチイシナギの標準和名はイシナギでしたが、北部太平洋からアメリカ大陸までにいるコクチイシナギが国内でも見つかったため、この名前となりました。イシナギという名は東京での呼び名で、石(イシ)や岩礁域に多く生息する魚という意味を持ちます。
また、この魚には地方名がたくさんあり、「オヨ」、「オオヨ」、「アラ」、「ドウコウ」など様々な呼び名があります。また、モロコとも呼ばれますが、ハタ科のクエもモロコと呼ばれることがあり、混同しやすくなっています。
特徴と外見

イシナギはスズキ目に分類される魚です。オオクチイシナギはその名前のとおり口が大きく、顎の後端は目の下かそれよりも後ろにまで伸びています。体型はスズキに少し似て長い楕円形ですが、成魚は体高が高くなります。
若い個体は黒褐色で体側に白色の縦縞が4〜5本見られますが、成長とともになくなり、大きくなるに従って全体的に暗い灰色や暗褐色になります。コクチイシナギの幼魚はオレンジの明るい色をしていますが、成熟するにつれて灰色または茶色のより濁った色になります。
イシナギには、スズキ科の魚の特徴でもある櫛鱗(しつりん)と呼ばれる剥がれにくい小さな鱗があります。
サイズと分布

オオクチイシナギは大きくなると体長が2m前後になります。コクチイシナギのサイズは2.1m、体重は最大255kgに達します。
オオクチイシナギは北海道から屋久島の日本海、東シナ海、太平洋沿岸、男女群島、九州から隠岐、朝鮮半島沿岸、ピョートル大帝湾に生息します。特に北海道に多く見られ、水深400〜500mの岩礁域に生息しています。
一方、コクチイシナギの分布は、北太平洋東部ではカリフォルニア州フンボルト湾からメキシコのカリフォルニア湾まで、特にカリフォルニア湾の上半分とチャネル諸島に最も多く生息しています。北西太平洋では日本付近でも見られます。
生息環境と生態

コクチイシナギは通常、ジャイアントケルプの森、サンゴ礁、砂地や礁湖の近くに留まっています。ジャイアントケルプは、アラスカ半島からカリフォルニア湾にかけて生息する巨大な海藻です。世界一長くなる海藻として有名で、全長は最大で50mにも達します。ケルプの森には様々な海洋生物が生息しています。
コクチイシナギの成魚は水深20〜50mで見られ、幼魚は20m以下で見られます。ケルプの森の中ではコクチイシナギは頂点捕食者です。彼らは様々な魚類、ロブスター、エビ、タコ、イカなどを捕食します。特にカリフォルニア周辺に生息しているイシナギはカタクチイワシやニシンが重要な食糧源です。
イシナギは餌を求めてゆっくりと泳ぎながら一日を過ごします。ただし、その巨大な体格と鈍重そうな外観にもかかわらず、予想を上回る非常に速いスピードで泳ぐこともでき、獲物を見つけると突然素早く動いてその巨大な口で丸呑みにします。彼らの前進する速度と巨大な顎の急速な開きによって、獲物は一瞬で吸い込まれてしまうのです。
また、長時間素早く移動することができないため、ケルプの中で自分の存在を隠し、獲物を待ち伏せして捕食することも知られています。その他、イシナギはエサを求めてサンゴ礁やケルプの森から離れることもあります。このような場合、彼らは遠く離れた小さな魚などの他の生物が群がる島々で狩りを行います。
このように、イシナギは口の中に入るものなら何でも食べ、小さなサメさえも捕食することが知られています。
繁殖と成長

イシナギは成熟するまで20年以上かかり、12〜15歳で繁殖を始めます。彼らは夏の間に繁殖するために150m程度の深さまで上がってきて、特定の産卵場所に集まります。
メスは繁殖地に到着すると、最大6000万個の卵を放出します。こうして受精卵は水を吸収して浮力を獲得し、表面に浮かび上がります。孵化した幼魚は表層を漂いながら約1ヶ月間過ごし、次の成長段階が整うと海に沈んでいきます。
イシナギはその巨大なサイズに加えて、寿命が長いことでも知られています。コクチイシナギの寿命は75年以上と推定されています。
歴史と食文化

イシナギは日本列島では古くから利用され、相模湾に位置する神奈川県小田原市の遺跡では縄文時代前期の魚骨が出土しています。山梨県南巨摩郡富士川町の鰍沢(かじかざわ)遺跡では、江戸時代後期から明治期のマグロ、イルカなどの大型魚類・哺乳類をはじめとする多様な魚類・貝類が出土しており、主に駿河湾から産出された海産物が富士川や甲斐の街道を通じて輸入されたと考えられています。
この遺跡からはアブラボウズと共にイシナギ属の遺骸が出土しており、生息域の観点からオオクチイシナギであると考えられています。イシナギは伊豆や三浦半島においても漁獲されており、専門漁業が存在していました。
現在もイシナギは底引き網や延縄などで漁獲され、食用として利用されています。また、この魚はスポーツフィッシングの対象としても人気があり、5〜6月の産卵期に水深150m程度のところに上がってくるため、釣り人はこの時期を狙います。この時期は脂の乗りも良く、癖がない上質な味わいを楽しむことができます。
食味と調理法

イシナギは巨大な高級魚として知られていますが、市場にはあまり出回っていません。この魚は幼魚、若魚、成魚のそれぞれで身質や食味が変化すると言われ、成長段階による食感の違いを楽しむことができます。
幼魚はゼラチン質を多く含む鶏肉に近い食感で、フライや唐揚げにぴったりです。若魚まで成長すると、脂と水分を含み柔らかく変化し、あっさりとした味わいとなります。そして成魚は若魚に比べて濃厚で、深みとまろやかな甘みが感じられます。
この魚は刺身だけでなく、煮魚、焼き魚などどの調理法でも美味しく食べることができます。
肝臓と毒性について
しかし、イシナギの肝臓は1960年から食品衛生法により食用禁止措置がとられています。これは、肝臓には大量のビタミンAが含まれており、摂取により急性のビタミンA過剰症を起こす恐れがあるためです。
イシナギだけでなく、肝臓にビタミンAを多く含んでいる魚は他にもいます。サメやマグロ、カツオなどの大型魚やメヌケ、カンパチなどの肝臓も食べ過ぎには注意とされています。しかし、そんな魚類の中でもイシナギの肝臓は抜群にビタミンAを多く含んでいます。
その含有量は、肝臓1gにつき人が一日に必要なビタミンAの20〜40倍もの量になります。そのため、わずか5〜10gの肝臓を食べるだけで、ビタミンA過剰症が発症する可能性があります。
ビタミンA過剰症になった場合、嘔吐、発熱、皮膚がはがれるなどの症状が食後30分から2時間程度で現れるとされています。この症状がおさまるまで1ヶ月ほどかかる場合もあり、最悪の場合死に至ります。イシナギを食べる際は肝臓を必ず取り除くようにしましょう。
伝説と文化

この魚には興味深い伝説が残されています。昔、現在の和歌山県東牟婁郡串本町和深に、貧しいが心優しい漁師がいました。ある日、みすぼらしい身なりの僧侶がこの漁師に水一杯をくれないかと頼みました。漁師は生水は体に良くないと言って、お茶を勧めました。
すると僧侶は家の前の石に腰を降ろして海を見ながらお茶を飲みました。僧侶はお礼にと、沖の海底に大きな岩島があって、春にそこに釣り糸を垂らすと大きな魚が釣れると教えました。
次の春、漁師は食べるものもなかったので、僧侶の教え通り釣りに行き、大きなイシナギを釣ることができました。その話を聞いた村の人々は、深い海底のことまで知っている僧侶は偉いお坊さんに違いない、弘法大師だと言って、この魚を大師魚と呼ぶようになりました。また、僧侶が腰を下ろしていた石も祀ることにしました。
保全状況と課題

カリフォルニア沖の海域におけるコクチイシナギの存在は、生態系の健全性に重要な役割を果たしてきました。この魚は食物連鎖の頂点、またはその近くに位置し、最適な海洋環境に必要なバランスを提供します。
1950年代以前は、イシナギは南カリフォルニアの海岸近くの海域で非常に一般的に見られました。しかし、国際自然保護連合によって1996年には絶滅危惧種に指定され、現在生息している個体数はわずか約500匹です。
これは、1900年代初頭から人間によって盛んに乱獲されたためです。これにより、この魚の商業漁獲量は95%縮小しています。そのため、カリフォルニアの漁業は90年代にコクチイシナギの商業捕獲を禁止し、誤って捕獲された場合はすべて生きたまま海に戻す必要があります。
このように、この魚を保護するために様々な努力がされているにもかかわらず、研究ではまだこの魚の個体数増加については何も示されていません。これはイシナギの成熟年齢が12年と遅いためで、1996年以来、この魚は十分に繁殖できなかったことを意味しています。さらに、繁殖する雌の個体数は合計でわずか数百匹にすぎません。
おわりに
イシナギは、その巨大な体と長い寿命、そして独特の生態から、海の生物の中でも特に魅力的な存在です。日本の食文化との深い関わりや、絶滅の危機に瀕している現状など、多くの側面を持つこの魚について、皆さんにもっと知っていただければ幸いです。
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