アメリカ大陸に広く分布するアメリカグマは通常、植物食傾向の強い雑食性で、積極的に脊椎動物を捕食することはあまりありません。しかし、カナダ・ラブラドール地方に棲む個体群は他とは違い短い期間のうちに肉食傾向が強くなり、凶暴化しました。一体彼らに何が起こっているのでしょうか?
この記事はラブラドール地方のアメリカグマについて説明しています。
ラブラドール地方とは
ラブラドール地方はカナダの大西洋岸にある地域で、ニューファンドランド島とともにニューファンドランド・ラブラドール州を形成しています。その面積は269,073.3平方キロメートルで、これは日本の本州よりも大きくなります。
この広大なラブラドール地方はニューファンドランド島の2倍以上になるにも関わらず、州の総人口のわずか6%しか居住していません。これはラブラドール地方の気候がニューファンドランドよりも厳しく北極圏の気候に近いため、農業に適していないからです。
ラブラドール内陸部の南側は森林が広がっていますが、北部は年中寒冷の永久凍土に覆われ、樹木も生育できないツンドラ地帯になっています。また、海沿いは冬は流氷で埋め尽くされるほか、海には一年のうち8か月は氷山が浮いています。
ラブラドール地方の野生動物
この手付かずの自然環境は生物多様性に富み、ホッキョクオオカミ、ジャコウウシ、ヘラジカ、トナカイなどのシュが生息しています。
そして、北部の氷に覆われた地域には推定2,500頭のホッキョクグマ、つまり世界のホッキョクグマの総個体数の10分の1が生息しています。
一方、ツンドラ地帯は別の種類のクマが支配しています。通常、ツンドラ地帯で見られるクマは原則としてハイイログマです。
北アメリカに分布するハイイログマはヒグマの一亜種で、日本に生息するエゾヒグマとは近縁になります。ハイイログマは最大級の個体は体重が450キログラム以上に達し、雑食ですが肉食の傾向が大きく、ヘラジカ、トナカイ、アメリカバイソンなどの草食獣を捕食するツンドラ地帯の頂点捕食者です。
ただ、ラブラドール地方のツンドラ地帯にいるのはこのハイイログマではなく、アメリカグマです。実際、推定6,000から10,000頭のアメリカグマがこの地域を歩きまわっており、北米でアメリカグマが最も多い地域のひとつとなっています。
アメリカグマとは
通常、アメリカグマはオスの体長が1.4~2メートル、体重が120~150kgで、ハイイログマより小型です。実際、ハイイログマがアメリカグマを捕食することもあります。そのため、彼らはハイイログマを避け、森の中に隠れて生活しています。
この森でアメリカグマは果実、種子、草、昆虫、魚類、動物の死骸、そして時にはゴミ箱を漁るなどして生き延びています。
アメリカグマは北米では一般的な動物で、バージニア州のブルーリッジ山脈や、ノースカロライナ州のグレートスモーキー山脈などのハイキングコースではハイカーと時折出会うことがありますが、人間を倒すのに十分な巨体と強さを誇るものの、臆病で警戒心が強いため、それほど人間の脅威となることはありません。
超肉食化するラブラドール地方のアメリカグマ
これに対し、ラブラドール地方のアメリカグマは他の同種とは違い、より大胆となり、広大なツンドラを自由に歩き回る頂点捕食者となっています
これはかつてこの地帯に生息していたハイイログマが絶滅してしまったためです。ハイイログマの絶滅はおそらく人間による過剰な狩猟と、彼らの主な獲物であったトナカイの個体数が大幅に減少したのが原因で、1920年代までにはハドソン湾の東側で見られなくなりました。
これにより、アメリカグマは森林での生活から抜け出し、天敵のいない安全でひらけたツンドラ地帯に定住するようになりました。そして、これらの先駆的なクマの子孫が、今日ではこの地を支配する頂点捕食者となったのです。
ツンドラ地帯に移動して以来、競争相手がいなくなったアメリカグマは、かつてこの地域の頂点捕食者であったハイイログマに典型的に見られる行動を示すようになりました。彼らは北米の他の地域のアメリカグマとは異なる、独特の行動的および生態学的特徴を持つようになったのです。
そのような特徴の中には、より肉食性の強い傾向と、それに伴う非常に攻撃的な狩猟テクニックが含まれます。これらのアメリカグマは他の場所では同種が捕らえることのできない大きくて手ごわい獲物を狩ります。
彼らはトナカイのような大型の獲物を待ち伏せして大胆に攻撃し、場合によってはアザラシを捕らえたりもします。また、腐肉食を続けるという特徴を持つようになりました。さらに、氷の張った小川でイワナを捕らえることもします。
この変化はツンドラ地帯では森林に比べて植物の量がはるかに少ないためで、大量の動物性タンパク質を食生活に取り入れる必要に迫られた結果起きました。
このように、ラブラドール地方のアメリカグマは非常に攻撃的な狩猟技術を採用するようになっています。これは、主に草食である典型的な北米のアメリカグマの食性とは対照的です。
しかし、ラブラドール地方のアメリカグマは森林と比較して広大な生息地を手に入れたにも関わらず、ツンドラの環境が持つ課題、すなわち食料が慢性的に不足していることに気づきました。
その結果、アメリカグマは狩猟範囲を大幅に拡大せざるを得なくなり、実際、大人の個体は1000平方キロメートルを超える狩猟範囲を持つようになりました。これは、森林で通常、観察される行動範囲よりもかなり広くなります。
そのため、ラブラドール地方のアメリカグマは高度な捕食行動を示すものの、現在のところ、ハイイログマのように大きくなる傾向は見られません。これらのアメリカグマの体重は平均約127キロで、これは北米の他の地域に生息する同種と同程度の大きさです。
まとめ
しかし、これらのクマの捕食における性質が、彼らを恐ろしいハンターにしていることには変わりはありません。
他の個体群の行動や食習慣とはまったく対照的なラブラドール地方のアメリカグマは、厳しい生息地で狩りをし、生態学的圧力に対する重要な反応を示した結果、その環境に独自に適応した頂点捕食者となりました。これは、この地域でハイイログマが絶滅してからわずか100年の間に起こっています。
そのため、彼らは北米のアメリカグマの中でも最も独特で興味深い個体群のひとつといえるでしょう。
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