アメリカ西海岸では今、ウニが爆発的に増加して深刻な環境問題を引き起こしています。このウニはアメリカムラサキウニといい、カリフォルニアの先住民によって食用とされていた種です。彼らはこのウニを生で食べており、古くから食文化の一部として親しまれていました。
さらに近年、アメリカでは日本食ブームが広がったことにより、特にカリフォルニアを中心にウニの人気も高まっています。それにもかかわらず、増えすぎて問題視されているアメリカムラサキウニは、食用としてほとんど活用されていません。
それではなぜこのウニは食用とされず、駆除の対象となっているのでしょうか?本記事はこの一見矛盾した状況の背景にある複雑な生態学的・経済的要因について詳しく解説しています。
大量発生の実態

アメリカムラサキウニは、オオバフンウニ科に属するウニの一種で、カナダ、アメリカ合衆国、メキシコ北部の太平洋沿岸に生息しています。日本沿岸に生息し、食用とされるナガウニ科に属するムラサキウニとは分類上異なる種類のウニです。
カリフォルニア州の海岸線では、2014年から2016年にかけてこのアメリカムラサキウニの個体数が異常に増加しました。特にサンフランシスコ湾周辺では、1平方メートルあたり数百個体のウニが確認される場所もあります。
アメリカムラサキウニが異常に増加したのは、本来その個体数を抑制する役割を持つヒトデが激減したためです。ヒトデはウニの天敵ですが、ヒトデ消耗性疾患の蔓延により、その数が著しく減少してしまいました。
この疾患はウイルスが原因と考えられており、2013年頃から北米の太平洋沿岸に広がり、多くのヒトデに壊滅的な影響を与えています。特にニチリンヒトデなどの種は大きな被害を受け、その結果、ウニの個体数を抑えられなくなったのです。
さらに、海洋熱波や気候変動、エルニーニョ現象などの環境要因が重なり、アメリカムラサキウニの異常増加を加速させました。
この爆増により、昆布の仲間であるケルプの森が壊滅的な被害を受けています。ケルプの森は海のアマゾンとも呼ばれる重要な生態系で、多くの海洋生物の住処となっているのですが、ウニの大量発生により90%以上が消失した地域もあります。
現在、カリフォルニア州沿岸の約350平方キロメートルに及ぶ海域で「ウニ荒野」と呼ばれる状態が続いています。これは東京23区の半分以上に相当する広大な面積です。
このウニの個体数を抑制するため、ダイバーによる直接駆除も試みられていますが、膨大な労力とコストがかかることが課題となっています。1人のダイバーが1日に駆除できるウニの数は数百個体程度に過ぎず、全体の個体数と比べるとごくわずかです。そのため、抜本的な解決には至らず、海洋生態系への影響が深刻化しています。
なぜ食べられないのか?

ここで疑問が生まれます。それなら、爆増しているアメリカムラサキウニを食べて個体数をコントロールすればいいのではないでしょうか?
通常、外来種が生態系に悪影響を及ぼす問題が発生すると、それを食べることで個体数を減らそうとする活動が推奨されることがよくあります。しかし、外来種を食べて減らす方法には大きな課題があります。それは、これまで食べる習慣のなかった生き物を人々に食べてもらうのは非常に困難だということです。
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しかし、アメリカムラサキウニは外来種ではありません。そして、その甘くバターのような風味とクリーミーな食感は、アメリカのシェフたちにも高く評価されています。
近年の日本食ブームにより寿司の人気が高まっており、特にカリフォルニアではウニが高級食材として注目を集めています。1980年代から始まった寿司ブームにより、アメリカでのウニ消費は急激に増加しました。
現在、カリフォルニア州だけで年間数百トンのウニが消費されています。特にロサンゼルスやサンフランシスコの高級寿司店では、ウニは1貫15から25ドルで販売される高級食材です。
実際、カリフォルニア沿岸で漁獲されるレッドウニは日本にも輸出される高品質な食材として確立されています。レッドウニは年間約1,000トンが漁獲され、そのうち約70%が日本向けに輸出されているのです。
それではなぜムラサキウニの大規模な商業漁業が行われていないのでしょうか?ここが今回の核心部分です。
栄養不足が原因
一般に「ウニの身」として知られるウニの可食部は生殖腺といい、オスメスともに発達する器官であり、これは繁殖のために栄養を蓄える場所です。この生殖腺は英語でもそのまま「uni」と呼ばれ、寿司などの名称として使われています。
そしてこの地域で漁獲されている大型のレッドウニに比べて、アメリカムラサキウニは小型であるため、生殖腺も小さくなります。
しかし、それ以上に深刻な問題は、爆発的に増えたウニの多くが栄養不足で中身がスカスカになっていることです。ケルプの森が破壊されて海藻が激減したため、ウニたちは慢性的な栄養不足状態にあります。
通常、健康なアメリカムラサキウニの生殖腺は体重の15から20%を占めますが、栄養不足のウニでは5%以下、ひどい場合は1%以下になることもあります。つまり、殻を割っても食べられる部分がほとんどないというのが現状です。
ウニには驚くべき特性があります。それは、極度の栄養不足状態でも長期間生存できることです。研究によると、アメリカムラサキウニは適切な栄養がなくても5年以上の生存が可能です。この間、ウニは体内の生殖腺を消費してエネルギーに変換し、最低限の生命維持を続けます。結果として、殻は立派でも中身は空っぽという状態が続くのです。
日本でも同様の問題

Boryuan Chen, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
これはアメリカだけの問題ではありません。日本の海でも、まったく同じような問題が起きており、「磯焼け」と呼ばれる現象が各地の沿岸で問題になっています。
これは、ムラサキウニなどのウニ類が海藻を食べ尽くしてしまい、海底が一面サンゴモ類に覆われた海の砂漠のような状態になる現象です。このような磯焼けの海底では、ムラサキウニは食料となる海藻が乏しく、慢性的な栄養不足に陥ります。その結果、身入りが極端に悪くなり、商品価値がなくなってしまうのです。
栄養不足のウニは、見た目だけでなく味も劣化します。健康なウニの甘みや濃厚さは全くなく、苦みが強くなるのです。そのため、食材としての商品価値は皆無です。
解決策の試行錯誤
この問題を解決するために、様々な取り組みが行われています。最も注目されているのがウニの肥育で、スカスカのウニを水槽で飼育し、海藻を与えて太らせてから出荷するという方法です。
カリフォルニア大学サンディエゴ校などの研究機関では、この肥育システムの開発を進めています。ここでは適切な餌を与えると、8から12週間で商品価値のあるウニに回復することが確認されています。
しかし、この方法には大きな問題があります。まず、設備投資と維持費が膨大です。また、肥育には時間がかかるため、急増している数百万個体を処理するには現実的ではありません。現在の肥育コストを考慮すると、生産されるウニの価格は市場価格の2から3倍になると予想されています。
生態系回復への長期的アプローチ

そのため、根本的な解決には、生態系全体のバランス回復が必要です。一部の研究者は、人工的にウニの捕食者を増やすことを提案しています。たとえば、養殖したカニやヒトデを放流する方法です。ただし、これには生態系への予期しない影響のリスクもあり、慎重な検討が必要です。
また、ケルプの森の人工再生プロジェクトも進行中です。このプロジェクトでは、ウニを部分的に除去した海域で、ケルプの苗を植え付ける試みが行われています。初期の結果は有望で、適切に管理された海域ではケルプの再生が確認されています。
まとめ
今回解説したように、アメリカで爆増中のアメリカムラサキウニが食べられない理由は、単純に食べる習慣がないというものではありません。生態系の破綻により栄養不足となったウニは、食材として使い物にならない状態になっているのです。そして、この問題の解決には技術的・経済的な大きなハードルがあります。
この問題は、人間活動が自然生態系に与える影響の複雑さを示す興味深い事例でもあります。単一の種の急増が生態系全体に与える影響、そしてその解決の困難さを物語っています。
現在も研究者や環境保護団体、地域コミュニティが協力して様々な解決策を模索しています。将来的には技術の進歩により、より効率的で経済的な解決法が見つかるかもしれません。
この記事はYouTubeの動画でも見ることができます。
参考:
https://www.splendidtable.org/story/2018/07/26/why-we-should-be-eating-more-purple-sea-urchins
https://www.nature.com/articles/s42003-021-01827-6
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