あなたがヨーロッパで地中海料理を食べ歩きしている時、サレマ・ポーギーには気をつけてください。黄色の縞模様のあるこの小さな魚は食べると幻覚症状を引き起こすためアラビア語で「夢を生む魚」として知られています。
サレマ・ポーギーの基本情報
サレマ・ポーギー(Sarpa salpa)はスズキ目タイ科に属する海水魚の一種です。この魚はサルパ属唯一の種で、東大西洋、地中海、南西インド洋に生息し、アフリカの大西洋岸や地中海沿岸でよく見られます。サレマ・ポーギーはオスが30cm、メスが45cm程度にまで成長し、体色は銀灰色で橙色の細い縞が数本見られます。彼らはタイ科の仲間ですが、日本でイメージされるタイよりもスリムな見た目をしています。食性は雑食で藻類やプランクトンを捕食します。
この一見目立たない魚はローズマリーと胡椒でホイル焼きにする伝統的な地中海料理などで食用になります。ただし、その地味な見た目に反し、この魚を食べるとかなり派手な体験をする可能性があります。
幻覚症状を引き起こす
サレマ・ポーギーは幻覚症状を引き起こす事がある魚です。しかも非常に恐ろしい幻覚剤となることがあります。
臨床毒物学雑誌 Clinical Toxicologyの2006年の記事によると、サレマ・ポーギーはローマ帝国では今日のマジックマッシュルームのように娯楽用の薬物として消費されていたと言われています。
ふたつの事例
最近ではこの魚を食べて実際にトリップしたという報告はほとんどありませんが、以下のふたつの報告はこの海水魚が本当にサイケデリックであることを物語っています。
・40歳男性が経験した記録
1994年、当時40歳の男性がフランスのリビエラで休暇を過ごしていましたが、焼きたてのサレマ・ポーギーを食べたために休暇が短縮され、台無しになりました。この男性はサレマ・ポーギーを楽しんだ約2時間後に吐き気を感じ始めました。その後、視界のぼやけ、筋力の低下、嘔吐などの症状が翌日まで続き、この症状は良くなることなくむしろ悪化したため、彼は休暇を切り上げて車に飛び乗りました。
しかし、家に帰るその途中、動物の叫び声で気が散って運転できなくなりました。そして最終的には「車の周りを巨大な節足動物に取り囲まれているので、運転ができない」と救急車を呼び、病院に運び込まれることとなったのです。
これはもちろん単なる幻覚でしたが、彼が幻覚症状から完全に回復するまでには36時間もかかり、しかも幻覚のことは全く覚えていませんでした。
・90歳男性が経験した記録
次に報告された事例では2002年に90歳の男性が同じくフランスのリビエラにあるサントロペで魚を購入し、さばいて食べた後、叫び声を上げる人間や鳴き声を上げる鳥の幻覚を経験し始めました。彼は2晩にわたって恐ろしい悪夢にうなされましたが、重い精神障害になってしまったのではないかと恐れた為、誰にも知らせませんでした。
幸いにもこの幻覚は数日後に収まりましたが、その後、彼は以前、市場で幻覚を見る魚があると耳にしたことを思い出し、保健当局に連絡し症状を報告したのでした。
イクシオアリエイノトキシズム(Ichthyoallyeinotoxism)
これらのしばしば悪魔的な幻視と幻聴の両方を伴う症状は「イクシオアリエイノトキシズム(Ichthyoallyeinotoxism)」と呼ばれています。イクシオアリエイノトキシズムは特定の魚を摂取した後に起こる稀な中毒で、リーフボール財団の海洋生物学者で魚に焦点を当てた研究を行っているキャサリン・ジャドット氏は「このような中毒は神経系の障害を引き起こし、これはLSDと同様の効果があると述べています。
LSDはリゼルグ酸ジエチルアミドまたはリゼルギン酸ジエチルアミドと呼ばれ、非常に強烈な作用を有する幻覚剤です。極微量で幻覚や恍惚状態が起こるため、麻薬に指定されています。
National Geographic誌の写真家ジョー・ロバーツ氏の体験
サレマ・ポーギーの幻覚を実際に体験したいと考えた人がいました。National Geographic誌の写真家ジョー・ロバーツ氏は焼いたサレマ・ポーギーとカボチャの料理をシェフに作ってもらいました。料理を食べたロバーツは幻覚を見ましたが、その時の様子をまるでSF小説の世界だったと語っています。
彼は飛行機のような操縦かんで運転する見たこともない空飛ぶ自動車を見ました。そして「私は人類が初めて宇宙旅行をしたことを祝う記念碑の写真を撮ったのです」と話しました。
このように彼が見た幻覚は副作用がなく、むしろポジティブな体験でした。
なぜサレマ・ポーギーを食べると幻覚を見るのか?
なぜサレマ・ポーギーを食べて何の副作用もない人がいる一方で、悪夢のような大混乱の世界に運ばれる人もいるのでしょうか?
どうやら魚の頭を含む特定の部位には幻覚作用のある毒素が含まれていますが、他の部位には無いようです。この魚がなぜ幻覚を引き起こすのかを正確に突き止めるのは簡単ではありません。
しかし、2012年に生物学の科学雑誌 In Vitro Cellular and Developmental Biology に掲載された研究ではサレマ・ポーギーの主食の1つである海草「Posidonia oceanica」に生育する植物プランクトンを摂取することと、この魚の臓器の毒性レベルが高いことが関連づけられています。
そのため、サレマ・ポーギーはこの植物プランクトンから何らかの毒素を摂取し、それが人間の心身の健康に悪影響を及ぼしている可能性があります。
ただ、鮮明な反応をもたらす特定の毒素についてはまだ明かされていません。
そもそも、この魚がいつ中毒を起こすかについて正確に特定するのは難しいとされています。中毒を起こすのは魚が捕獲される季節が関係しているらしく、同じ2012年の研究では、魚の毒性が最も高くなる時期として秋が挙げられています。
しかし、2006年の報告書によると、中毒の報告が最も多いのは晩春と夏だとされ、危険性が高いとされる季節にも振れ幅があります。
ただ、サレマ・ポーギーが食べる特定の藻類や植物プランクトンに自然に存在する化合物インドールグループのアルカロイドが化学的にLSDと構造が似ていることがわかっています。
また、ジメチルトリプタミンと呼ばれる幻覚剤が原因かもしれません。これは精神を癒す飲み物であるアヤワスカに含まれる化合物と同じです。アヤワスカは南米のアマゾン流域に自生する植物で、原住民たちは伝統的に幻覚剤として使用しています。
サレマ・ポーギーは日本で見ることができるか?
このまだまだ謎の多い魚サレマ・ポーギーは日本でも見ることができます。葛西臨海水族園では世界の海エリアの地中海水槽で展示されています。この水槽では地中海に生息している珍しい魚を展示しておりサレマ・ポーギーの他にも、日本ではあまり見られない魚を飼育しています。
興味のある方は、実際に足を運んでみてはいかがでしょうか?
この記事はYouTubeの動画でも見ることができます。
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