2006年に上映されたアメリカ合衆国の歴史アクション映画「300 〈スリーハンドレッド〉」はペルシア戦争のテルモピュライの戦いを描いた作品です。この映画では装甲を施されたサイが登場し、戦争に使用されています。サイが訓練され、生きた戦車として戦争に投入されていたかもしれないという考えは刺激的で、多くの人々の興味を間違いなく惹きつけました。
また、この映画以外にも戦争にサイが登場する歴史作品は多くみられます。
しかし、スリーハンドレッドはヘロドトスが記した歴史書、歴史に記されたものを基にしているものの史実と異なる形で語られ、歴史を正確に伝えるものではありません。そして、この戦闘用のサイも本当は存在していなかったようです。
それではなぜ、人々はサイを戦争に利用できなかったのでしょうか?そして、なぜサイは現在、家畜動物ではないのでしょうか?
戦象について

この記事を読まれているほとんどの人は、戦闘でゾウが使われていたことをご存知でしょう。
しかし、あまり広く認識されていないのはゾウ科に属する3つの種が戦争に使われてきたということです。ヌビア人とエジプト人はマルミミゾウを、マケドニア人とヴェーダ人はアジアゾウを、そして、エジプト人やおそらくカルタゴ人はアフリカゾウを使用していた可能性があります。
ただし、どの文明がどの種を使用したかについては、いまだに論争があります。これらの識別が難しいのは、残されている記録が少なく、信頼性の低い説明に基づいていることが多いためです。
サイが戦争に使われていたという可能性はないか?

それでは、サイも戦争に使われていたという可能性はないのでしょうか?
事実、残されている文献のあちこちに戦闘用にサイが使用されていたかもしれないことが言及されている箇所がいくつかあります。
1515年に画家で版画家のアルブレヒト・デューラーがインドサイの木版画をヨーロッパ人に紹介しています。この描写は大変人気を博し、3世紀にわたってこの絵を複製した木版画が作られました。
ただし、問題がひとつありました。
それは、デューラーは生涯一度もサイを見たことがなかったため、サイの外観に関する記述と、無名の画家のスケッチを基に木版画を制作していたことです。そのため、彼の想像力によって、サイの解剖学的構造にはまったく存在しない特徴が付け加えられました。
デューラーのサイは体全体に釘付けされた装甲板と、胸当てを着けたように見える背中の部分には、あるはずのないツノを持っていたのです。
この表現によって、ヨーロッパ人はサイに対する誤った認識を抱くことになり、戦争や乗り物として使用できると信じてしまった可能性があります。
もうひとつ、誤解を生むきっかけとしてポルトガルの冒険家フェルナン・メンデス・ピントの言及が挙げられます。
彼は1544年7月の北京包囲戦の際、タタール王の軍隊には60万頭のサイが含まれていたと述べています。しかし、これは誤訳で、本来はヤクと訳す方が正しいようです。
2,000年前から家畜化されていたとされるヤクは、現在も荷役や乗用、そして毛皮、乳、食肉を取るために使われています。このため、ヤクの方がより現実性の高い説といえるでしょう。
これらのことから、サイが戦闘に使用されたという歴史的証拠は現在のところありません。
なぜサイは戦闘用に訓練されなかった?

それではなぜサイは戦闘用に訓練されなかったのでしょう?
それは、サイがウマやラクダ、ゾウなどの他の哺乳類よりも利口ではないからでしょうか?しかし、ヘラジカは比較的賢い動物であるにも関わらず、戦闘用に訓練する試みは失敗に終わっています。
実際、サイを飼いならしたり訓練したりできないというのは真実ではありません。飼育されているシロサイの中には信じられないほど人に慣れているものもいますし、動物園、自然公園、サーカスには人間に対して愛情ぶかく、非常に友好的で協力的な個体もいます。例えば、ラジオが流れると伏せるように訓練されたシロサイが知られています。
これらの事実はサイを訓練できないという考えを完全に否定しています。
ただ、サイは騎乗用として使用することはできないようです。サイはウマやゾウがするようなことを訓練できる心理状態を持っていないようで、その過度に攻撃的な性質は、騎乗戦闘に使用するには不向きです。
また、サイは驚きやすい性質を持っているため、銃声や掛け声、ほかの動物の鳴き声に驚き、統制がとれなくなる可能性があります。
何より最悪なのは、ほとんどのサイは視力が信じられないほど悪いため、特定の方向に走る能力が大幅に制限されています。彼らは4.5メートル以内の範囲のものしか見分けることができません。
ただし、サイの名誉を守るために言っておきますが、彼らは驚異的な嗅覚と聴覚でそれを補っています。これは静かな環境でも警戒を怠らないように進化した特性です。
ゾウはなぜ戦闘用に利用できたのか
一方のゾウは力、記憶力、繊細さを備え、より困難な地形においても常に同じタスクを実行できるため
高く評価されてきました。ゾウは30以上の命令を覚えることができ、訓練された個体は牙で人間とウマの両方を攻撃することができました。
また、敵の兵士を鼻でつかんで象使いに投げ飛ばしたり、ゾウが敵を地面に押し付けている間に、兵士が槍で突き刺したりした可能性もあります。
サイは家畜にできるのか?

それでは騎乗や戦闘以外にサイを使用できないのでしょうか?
家畜化は中央アジアで紀元前約10,000年に始まった農業革命の時期に起こり、人間はさまざまなニーズに合った動物を使用するという、革新的な方法を生み出しました。ヤギ、ヒツジ、ニワトリなどの動物は、ミルク、肉などの栄養源や繊維としても役立つため、最も重宝されました。
しかし、サイは家畜化に適していたとは考えられていません。たとえば、サイのミルクは脂肪やタンパク質があまり豊富ではないからです。
また、サイを家畜化するには多大な労力が必要となります。
家畜化とはヒトが動物の生殖を管理し、管理を強化していく過程をいいます。その過程においてヒトは自らに有益な特徴を多く具える個体を群れの中から人為選択し続けるため、代を重ねることで遺伝子レベルでの好ましい変化が発現し、固定化し、家畜化が成功します。
このように、動物の遺伝子型における変化が起きるため、動物を人間の存在に慣らす単純な過程である調教とは異なります。
そして、家畜化をするにあたって動物が人間に対して持つ、攻撃的な行動を減らしていく必要があります。そのため、ヒトは従順な個体を特定し選択的に繁殖させ、何世代にもわたって野生の祖先とは遺伝的に異なる系統を生み出していきます。
そのため、ヒトは動物との関係の中で影響力のある立場に身を置くことが重要です。これは、オオカミが人間によって飼いならされ、犬になった方法のひとつであると考えられています。人間はいつ食べていいかを決めたり、縄張りや行動に境界を設けることで、これらの動物に対する優位性を主張する必要があります。オオカミは群れで行動し、明確なリーダーが存在することからこれが可能でした。
一方でシロサイのメスは6から7頭の群れを形成することがあるものの、母親とその幼獣を除けば基本的に単独で生活するサイは、人間をリーダーとしてみなしにくいのです。
また、サイの生殖周期は非常に長いことからこの家畜化が困難です。メスのサイは2から5年ごとに16から18か月妊娠し、1頭の子しか産みません。そしてその子はその後、性成熟するまでに6年以上待たなければなりません。一方、雌牛は1から2年で性的に成熟し、妊娠期間もわずか9か月です。
そのため、サイを選択的に交配し、遺伝子型における変化が起きるまでには、何百年も費やすこととなるでしょう。
サイは陸上で2番目に大きい哺乳類で、体重は2,300キログラムを超え、クロサイやインドサイは最高時速55kmで走るといわれています。
このサイを飼育することは、ほとんど利益が得られない割りに、非常に大きな労力と時間がかかるうえ危険なため、家畜化はほとんど不可能といえるでしょう。
同じように、ゾウも生殖周期が非常に長いため、古代から飼育・調教されてきたにも関わらず、家畜動物ではありません。ゾウは通常、より訓練しやすく、より長く働くことができる年齢の、10から20歳で捕獲され、熟練したゾウ使いによって訓練されることによって飼いならしが可能となっているのです。
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