ダイオウイカを飼育できない理由

生物

世界最大級の無脊椎動物であるダイオウイカが泳いでいる姿を実際に見てみたいという方は多いと思います。しかし、残念ながら現在、生きたダイオウイカを水族館で見ることはできません。それでは、なぜダイオウイカを飼育することができないのでしょうか?

Museums VictoriaCC BY 4.0, via Wikimedia Commons

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ダイオウイカを見つけるのは難しい

ダイオウイカを飼育できない理由としてそもそも発見例が少なく、生きた個体を捕らえることが難しいことが挙げられます。

これはダイオウイカが深海に生息するためです。

彼らは日中は水深600から900mの中層で餌を探す行動をとっているとみられています。そして、夜間になると水深400から500mの場所まで移動している可能性があることがわかっています。ダイオウイカは北米やヨーロッパ付近の大西洋、ハワイや小笠原諸島付近の太平洋で発見例があり、漂着例はアフリカ、南半球、オーストラリアやニュージーランドでも報告されていることから、極地方や赤道付近を除く地球上に広く分布するとされています。

しかし、この生物を生きたまま見つけることは困難で、時々海岸に弱っている個体が漂着するものの、陸揚げ後、数日で死んでしまいます。そのため、生きたダイオウイカの撮影に成功したのは2006年以降で、日本の研究船が南方海域で何度かその姿を捉えているのみです。

飼育が難しい

次に、ダイオウイカを飼育できない理由として飼育の難しさが挙げられます。

ダイオウイカは大きいものでは10m以上にまで成長すると言われ、1966年に大西洋バハマ沖で捕獲された個体の長さが14.3mを記録されています。完全に成長したダイオウイカは地球上で最大級の無脊椎動物になり、触腕を含んだ全長は市バスと同じくらいの長さで、目は人間の頭ほどの大きさです。

そのため、巨大な上、深海に生息するダイオウイカを飼育するには、水温や水圧、酸素濃度などの環境を整える必要があり、そのような巨大で高性能な水槽を用意するのはこれまで技術的に困難でした。

そもそもダイオウイカに限らずイカを飼育することは難しいとされていました。どんなに頑張っても殺せないタコとは違い、イカは環境にとても敏感です。広い海の生活に慣れているイカは水槽に入れると反応が悪くなり、壁に突進したり、共食いしたりします。またイカは一般的に短命だと言われています。アオリイカやヤリイカなどはすべて寿命が1年前後ほどです。ダイオウイカの寿命は一般的には5年ほどと考えられており、中には2、3年の寿命だと考えている研究者もいます。

海洋生物学者スティーブ・オシェイ

このように、とらえどころのない巨大なダイオウイカですが、この生物を飼育しようと試みた人がいます。それが、ニュージーランド出身の海洋生物学者スティーブ・オシェイです。彼はダイオウイカの第一人者として最もよく知られた人物で、数々のイカを飼育してきた実績もあります。オシェイは水深300mに生息する深海のイカを五ヶ月間飼育したことで世界記録を樹立しています。

そんな彼は、成熟したダイオウイカではなく、ダイオウイカのパララルバを捕らえて飼育しようと考えましたから。パララルバとはイカなどの頭足類の孵化後から成体までの浮遊性段階のことをいいます。これはいわゆるプランクトンと呼ばれるものです。この段階の大きさは大体コウロギくらいになります。

パララルバは成体よりもより浅い場所で見つけることができ、そのため捕獲がはるかに簡単です。さらに若い段階では死亡率が高いにもかかわらず、ダイオウイカのメスは最大400万個の卵を海に放出するため、一匹いれば周りには多くの兄弟がいます。生まれた赤ちゃんのほとんどは、彼らより大きな捕食者に食べられますが産卵の時期、海はイカの赤ちゃんで溢れているのです。

ダイオウイカ捕獲の試み

こうしてオシェイは5年間、ダイオウイカのパララルバを探し続けました。彼はニュージーランド周辺の海域がダイオウイカを捕獲するのに適していると判断しました。熱帯と南極大陸からの潮の流れが収束するこの場所では多様な海洋生物が集まり、イカの餌となる豊富なプランクトンを作り出しているのです。そして近年、他のどの場所よりも多くの死んだダイオウイカが発見されています。

こうしてとうとう彼はある夏の夜にダイオウイカが卵を産む場所を発見しました。そして、1ヶ月にわたる遠征の末、遂にオシェイは3cmほどの大きさのパララルバを70匹ほどつかまえたのです。

しかし、残念なことに陸に戻るまでにそれらはすべて死んでいました。彼は取り乱し、涙を流しながら死体を回収していました。その後も彼は毎日ダイオウイカを捕らえましたが、持ち帰る前にすべて死んでしまったのです。

遠征後、彼はショックのあまり2年もの間、次の遠征に行くことができませんでした。彼はまた今度も失敗したら、科学者としてだけでなく、肉体的にも精神的にも終わりだと思っていたのです。

しかし、そんな状態にも関わらず、彼は水槽の中で何が起こったのかを考えるのをやめることはできませんでした。こうして彼は、なぜパララルバが全滅したのかを確かめるために、深海に住むイカの子供を用いて実験を再開したのです。彼は飼育条件を少しずつ変えて実験しました。水槽のサイズ、光の強さ、酸素レベル、塩分などなど…。こうして彼はダイオウイカを入れていた水槽にふたつの致命的な欠陥があることを発見しました。ひとつは水槽の形が長方形だったこと、そしてもうひとつは水槽がポリエチレンでできていたことです。長方形の水槽では遊泳力の弱いパララルバは壁にぶつかってしまいます。また、プラスチック化合物は深海性のイカにとって有毒でした。

ダイオウイカ飼育の試み

こうして彼はアクリル製で円筒型の水槽を用意しました。そしてついに2002年3月、オシェイ率いる国際科学チームがニュージーランド沖で7匹のパララルバを捕獲したと発表し、世界で初めて生きたダイオウイカの飼育を開始したのです。

ですが、悲しい事に飼育下で長く生き残ることはできず、数日後にすべて死亡してしまいました。

ダイオウイカを成長させることができなかった理由はイカの食性にあると考えられます。イカは生後数週間で急速に食性が変化するため、飼育には最新の注意が必要です。

ダイオウイカは魚など生きたエサを好み、そのように新鮮で急速に変化するエサを用意する資金と環境を研究チームは確保することができませんでした。

オシェイはその後も何度かダイオウイカの飼育に挑戦しましたが、いずれも失敗に終わっています。

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