キツネの家畜化実験

生物
Kayfedewa at English WikipediaCC BY 3.0, via Wikimedia Commons

みなさんは家畜化されたキツネが生み出されていることをご存じでしょうか?

ロシア・ノヴォシビルスクの細胞学遺伝学研究所では人に慣れた個体だけを選択的に交配させたとき、オオカミからイヌに進化したプロセスと同じことがキツネにも起こるかどうかを調べる実験が行わました。

こうして生み出されたキツネの多くは、まだら模様になるなど、見た目が犬に似たものになっています。

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ドミトリー・ベリャーエフ


ドミトリー・ベリャーエフ/ Почта России, Public domain, via Wikimedia Commons

この実験を始めた遺伝子学者のドミトリー・ベリャーエフは、1917年、田舎の牧師コンスタンチン·ベリャーエフと彼の妻イェヴストリア·アレクサンドロヴナの4人の子供の末子として生まれました。ドミトリー少年はメンデル遺伝説を支持していた遺伝学者の兄の影響を強く受けて育ちました。

しかし、当時のソ連ではダーウィニズムやメンデルの遺伝学を信じる学者たちは最高指導者となったスターリンによって迫害されており、厳しい粛清を受けていました。

ドミトリーの兄も例外ではなく、投獄されたのちに亡くなっています。そのような状況にもかかわらず、彼は兄の遺志を継ぎ、自分の研究を貫いたのでした。

ベリャーエフの仮説

科学者たちは数千年前に新石器時代の農民たちが家畜動物を最初に家畜化したとき、どのような原理に従って動物を選択交配していたのかを知りませんでした。

1950年代のはじめ、ベリャーエフは野生動物の家畜化で最も重要な因子はおとなしさの選択的繁殖であるという仮説をたてました。

そしてベリャーエフはギンギツネを実験に選びました。これはギンギツネが社会性のある動物であるのと、イヌと近縁だからです。

ギンギツネは野生のアカギツネ(Vulpes vulpes)の黒変種(メラニズム)です。メラニズムとは先天的に皮膚や組織にメラニン色素(黒色素)が過剰に形成され、色素の沈着により全身や体の一部が褐色から黒褐色に変色することをいいます。

実験内容

リュドミラ・トゥルト/Svetlana ArgutinskayaCC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

実験では大学院生のリュドミラ・トゥルトが管理者に選ばれました。1952年、彼女は主にエストニアの商業毛皮農場から最も人に慣れたギンキツネを集め、30匹のオスと100匹のメスから始めました。

この時、キツネはいっさい訓練されませんでした。これは、家畜化が環境の影響ではなく遺伝的選択の結果であることを保証するためです。同じ理由でキツネは生涯のほとんどを檻の中で過ごし、人間との接触は短時間のみ許可されました。

実験には厳格なガイドラインが設定されました。生後1か月からテストが開始され、幼少期を通して毎月継続し、実験者に対する反応が記録されます。実験者は手から餌を与える時、キツネを撫でるなどしました。さらに、キツネが他のキツネと過ごすことを好むか、それとも人間と過ごすことを好むかを記録しています。

キツネが7か月から8か月で性的に成熟した後、最終テストが行​​われ、全体的な従順さのスコアが付けられました。このスコアの項目の中には、「檻の前に立っている実験者に近づく」傾向や「実験者が触ろうとすると噛む」傾向などがあります。

こうして子ギツネたちは「家畜化度」のスコアが付けられ、3つのグループのいずれかに分類されます。最も飼い慣らされていない子ギツネはクラス3、人間に撫でられても友好的に反応しない子犬はクラス2、そして人間に友好的なキツネはクラス1に分類されます。

実験の結果

  • 2世代目

わずか2世代目(1959年)以降から「家畜化度」スコアは世代ごとに増加し続けました。

1962年には早くも生殖行動に変化が起こり始めました。通常、1月から3月には発情するのが、早くも10月から11月に発情兆候を示しました。

  • 4世代目

4世代目(1963年)までに、1匹のオスのキツネに尻尾を振る行動が観察されました。

  • 6世代目

わずか6世代でベリャーエフはより上位のカテゴリーであるクラス 1E「エリート」を追加する必要がありました。

クラス1Eの個体は生後1か月も経たないうちに人間との接触を熱望し、注意を引くために鳴き声を上げ、犬のように実験者の匂いを嗅いだり舐めたりしました。20世代目までに35%が、30世代目までに選ばれた世代の70%から80%がクラス1Eになりました。各世代で交配を許された個体は全体の20%未満です。

  • 8 世代から10世代目

8 世代から10世代後、家畜化されたキツネは様々な色の毛皮を発達させ始めました。これは、野生動物よりも飼いならされた動物に多く見られる特徴です。

  • 第10世代目

第10世代(1969年)には、メスの子に「垂れ耳」が現れ、他の子には腹部、尾、足に白と茶色の斑点があるまだら模様が見られました。また、1匹の子の額の中央に小さな白い「星型」が現れました。ベリャーエフが報告した家畜化されたキツネには、尾が短くなる、頭蓋骨が短くなるとともに幅が広くなる、尾が背中に巻き付くことなどの変化がありました。

  • 15世代から20世代目

15世代から20世代後、家畜化されたキツネのごく一部に、短い尻尾と脚、および下顎もしくは上顎の前突が見られました。

飼いならされたキツネは野生のキツネよりも数週間遅れて「恐怖反応」を示しました。これは社会化期が長くなったとことを意味します。社会化期とは犬や猫が人や他の動物に慣れるのに適した期間で、この期間を超えると新しいものを受け入れなくなります。オオカミは犬よりもこの社会化期が短いことがわかっています。

さらに、飼い慣らされたオスのキツネの頭蓋骨は次第に狭くなり、メスの頭蓋骨に近くなりました。こうした性差がなくなる現象は家畜動物によく見られます。

この実験の成果

当時、生物学者は、なぜ犬の毛皮色がオオカミと違うか調べていました。 そして、ベリャーエフは彼のキツネの研究がこの疑問に関わりがあるのに気がつきました。彼は生化学的な測定をし、選択交配したキツネのアドレナリンの水準が野生のキツネに比べて大幅に低いことを発見しました。 それによって、飼いならされたキツネの振る舞いだけではなく、毛皮の色も説明できることが分かりました。

科学者たちは、アドレナリンがメラニン色素の生産を変え、野生の動物ではアドレナリンの高い濃度のために抑えられていた遺伝的変異の発現が、ホルモンレベルの低下のために起こるという理論を出したのです。

この実験は書籍にもなっているので興味のある方はそちらもご覧になるとより詳しい内容を知ることができると思います。

まとめ

トゥルトは1999年に「40年間の実験と45,000匹のキツネの繁殖の後、犬と同じくらい従順で人を喜ばせようとする動物のグループが出現した」と書いています。また、キツネは「清潔で静かで、優れたペットだったが、非常に活動的だったので、アパートよりも庭のある家を好んだ。リードは嫌いだったが、我慢していた」とも書いています。

さらに、2019年では50世代を超え、犬の様に芸をするものも現れています。

今後、一般家庭において、キツネがペットとして飼われる日が来るかもしれません。

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