アメリカ政府は年間数十億匹ものハエをパナマにはなっています。なぜそんなことをするのでしょうか?
ハエ農場
アメリカ政府がパナマにハエを放つのは、肉食性のハエの幼虫から家畜を守るためです。
パナマ運河のすぐ東、まばらな熱帯雨林、畑、そしてパコダ川の間にパナマとアメリカの両政府が共同で運営する建物があります。他の工場施設と似たようなこの建物の中では大量のハエが繁殖されています。
工場内では毎週数百万匹、年間十億匹以上のハエの幼虫が牛乳、タマゴ、繊維、ウシの血などを使って入念に作られたエサを食べているため、かすかに腐った肉の匂いがします。
そして両政府は毎年パナマのダリエン地峡に数百万匹のハエを離しています。ただし、ここで飼育されているハエはラセンウジバエといい、普通のハエではありません。
ラセンウジバエによる被害
多くの種類のハエの幼虫は死んだ肉を食べ、時折、生きている人間の腐敗した傷にわくこともありますが、健康な組織を攻撃することはまれです。
これに対し、ラセンウジバエは生きている牛や羊などの家畜や人間の傷口に卵を産みつけます。そして、そこから孵った幼虫が生きた家畜の肉を食べるのですが、ラセンウジバエはダニに刺されたような小さな傷口に卵を産みつけることもあります。
一般的なイエバエの約2から3倍の大きさのこの寄生虫は特に家畜を好み、幼虫は宿主の生体に重大な組織の損傷または死を引き起こす可能性さえあります。
そのため、ラセンウジバエは非常に危険なハエだと認識されています。
20世紀前半、中米原産のラセンウジバエはメキシコからアメリカに侵入し、家畜に激痛を与えるだけでなく、畜産業界に年間約2000万ドルの損害を与えてきました。しかし、幸いなことに科学者たちはこの寄生虫を阻止する方法を見つけたのです。
不妊虫放飼法
彼らは中央アメリカに大量のハエを放つ前に、サナギを放射線にさらして不妊にします。この工程は多少不快に聞こえるかもしれませんが、この手の込んだ作戦は北米と中米の家畜を保護する非常に重要な目に見えない障壁となっています。
ラセンウジバエは独特の生態を持っており、メスは3週間の寿命で1回しか交尾しないため、交尾したオスが不妊であれば、新しいラセンウジバエの卵は生まれません。こうしてラセンウジバエが生息するエリアに不妊オスで飽和させると、最終的にこのハエは死滅します。
このように、肉食のハエを大量に生産することで、それと同じ種のハエが家畜に害を及ぼすことを防いでいるのです。
これは不妊虫放飼法といい、この手法はザンジバルのウングジャ島からアフリカ睡眠病を人間に感染させるチェチェバエを根絶させるなど、人間の健康問題に対処するためにも使用されています。
こうしてラセンウジバエの生物学的弱点を利用することで、米国とパナマが初めてハエの繁殖と放射線照射の取り組みに協力してから、1966年にアメリカ国内のラセンウジバエを根絶することができました。
更に、このプログラムが米国本土でラセンウジバエを一掃した後、この虫はどんどん南に追いやられています。
1991年までにメキシコはラセンウジバエから解放されました。そして、グアテマラのラセンウジバエの拠点が陥落し、その後、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカが陥落しました。そのため、ラセンウジバエの障壁は今やコロンビアとなっています。
不妊虫放飼法を使用してラセンウジバエを駆除することは、昆虫学史上最も成功した例のひとつとなっています。
しかし、この障壁を維持するためには、科学者は毎年数十億匹の放射線照射されたオスを放ち、メスと交尾できる野生の繁殖力のあるオスの数を圧倒しなければなりません。そのため、不妊のラセンウジバエは毎週パナマ南東部のダリエン地方上空を6回、飛行機で運ばれています。
それでも時々、国際貿易によってラセンウジバエが運ばれ、発生することがあります。そのため、工場は必要に応じて不妊ハエの緊急供給ができるよう準備を整えています。
この予備のハエは2004年と2011年の2回、西インド諸島のアルバ島でのラセンウジバエの発生を根絶する為に使用されました。
絶滅危惧種のシカを救う
また、最近ではこの技術が2016年にフロリダキースに生息するキージカの個体群を救うために使用されました。キージカはオジロジカの中で最も小さい亜種で密猟により絶滅危惧種となっています。
オスのキージカはメスをめぐって角のある頭でお互いにぶつけ合うため、毎年夏になると頭、首、肩にしばしば傷が見られます。キージカは野生では約1,000頭しか残っておらず、健康状態を監視することが重要なのですが、2016年の夏、その傷は治りませんでした。その代わりに、何千匹ものラセンウジバエの幼虫に感染して、化膿し始めたのです。
この新たなラセンウジバエの群れがフロリダキーズにどうやって侵入したのかは不明ですが、新しく生まれた小鹿や出産中の母親に深刻な被害を与える可能性があるため、早急に対策を講じる必要がありました。
こうしてピーク時には週に10頭から15頭のオスを安楽死させなければなりませんでした。
そして9月下旬、パナマから1億9000万匹のハエを携えた米国の専門家らは、フロリダキーズ中の島々に2、3世代にわたる不妊ハエを放し始めました。同時に保護区の職員と約200人のボランティアで構成されたチームが既に感染していたシカに薬を混ぜたドーナツを与えました。
駆虫薬と不妊ハエの両方の効果はすぐに出始め、ラセンウジバエが急速に減少しました。その結果、ラセンウジバエによってメスと小鹿が死亡することはありませんでした。そして3月までにはキージカは安全であると宣言されたのです。
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