古代からアジアゾウは飼育・調教されてきましたが、それでも彼らは家畜動物ではありません。それはアジアゾウが品種改良されておらず、野生種そのままの遺伝子で人間と共存しているためです。それではなぜアジアゾウは品種改良がされなかったのでしょう?
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アジアゾウの調教の歴史
アジアゾウはアフリカゾウと比較すると人間に懐きやすく、動物園やサーカスで親しまれる他、宗教的儀式において利用されることもあります。また、ゾウの利用の歴史は非常に長く、4000年前のインダス川流域で既に始められていました。
初期のゾウの利用は強い力を活かした農耕の補助でした。
その後、ゾウは軍用にも使われ始めます。紀元前1100年頃、その活躍をたたえるサンスクリットの讃歌が複数残っています。その後、戦象の利用はインド亜大陸に隣接したイラン高原を通じて西方へ伝播し、インドゾウとそれを扱うインドの象使いであるマハウト共々導入されました。
戦争以外にも古代インドではゾウが神聖な動物とされており、ゾウを飼育することは王権の象徴であったとされています。
このように非常に古くから利用されていたにも関わらず、ゾウの繁殖はほとんどされず、ケッダなどと呼ばれる追込み罠で野生のインドゾウを捕まえて飼いならしていたと考えられています。
ゾウを家畜化でなかった理由として、低い繁殖力と妊娠期間の長さ、成長の遅さ、そして飼育下の群れでの繁殖の困難さにあります。このためアジアゾウは現在まで品種改良がされていません。
品種改良とは
品種改良とは植物や動物を人為的な選択交雑、突然変異を発生させる手法を用いて人間に有用な種を作り出すことを言います。このようにして代を重ねることで、遺伝子レベルでの好ましい変化が発現し、固定化し、家畜化が成功するのです。家畜と呼べるには野生の原種と遺伝的に異なっている必要があり、そのため、家畜化とは動物を人間の存在にならす単純な過程である調教とは異なります。
このことから、アジアゾウは家畜動物とはいえません。
低い繁殖力
アジアゾウは食物が豊富な場合、2から3年に1回、通常は5から8年に1回繁殖します。妊娠期間は615から668日で、出産するまでに1年と8ヶ月以上もかかるので、またゾウは1回の出産につき1頭しか産みません。そして一生に5、6回出産し、この回数は哺乳類では非常に少ないのです。
記録されているものの中でヨーロッパの動物園およびサーカスにおいて、1902年から1992年の90年間に121頭が誕生、うち34頭は1982年から1992年の10年間に誕生しています。しかし、そのうち48頭は早産または母親が原因となった事故などで死亡しているのです。北米の動物園では1880年から1996年の116年間で104頭が誕生していますが、うち34頭が1年以内に死亡しています。
世界的に人工飼育下での出産率は0.7%程度と言われています。
日本の繁殖例
日本でも繁殖した頭数は十数頭程度と少なく、順調に成長している事例はさらに少なくなります。国内の動物園でのゾウの繁殖事例が少ない原因としては、気性が荒くなるオスを飼育する動物園が少なかったことや、群れでの飼育が出来ていないことなど、管理のたやすさを優先して繁殖への環境を整えてこなかったことなどが挙げられます。
そのため、国内でアジアゾウが初めて繁殖したのは2000年代に入ってからです。
このように、飼育下での繁殖率が低かったゾウは、品種改良をして人の手で有益な子孫を得ることができなかったのです。
成長の遅いゾウ
また、牛や羊など人より早く成長して繁殖可能になる動物は、人の手で繁殖させることにより、人にとって有用な性質を備える家畜へと比較的短期間で変容させることができます。一方でゾウは授乳期間の2年を経て、オスは生後14から15年で性成熟し、メスは生後17から18年で初産を迎えます。
そのため、家畜として有用になるまでに長い年月を要するゾウは家畜には不向きなのです。
家畜化が難しい動物の特徴はジャレド・ダイアモンドによる1997年刊行の書籍『銃・病原菌・鉄』にて詳しく説明されています。
ゾウの調教には高度な技術が必要
また、ゾウの調教が難しいことも家畜化できなかった理由として挙げられます。ゾウは非常に知能が高く感情豊かであるため、人間と同じように自分の意思を持ち、自分で考えて行動しがちです。そのため、ゾウを調教するには非常に高度な技術と知識が必要となります。
また非常に大きく力の強い動物のため、調教師は危険な状況に置かれることもあります。オスのゾウが発情期を迎え、大量の男性ホルモンが分泌される状態のことをマストといいますが、このマストになると数週間から数か月にわたって命令を聞かなくなるのです。それどころか、時として飼い主を殺そうとすることもあると言います。そのためマスト期の短縮は死活問題です。アジアの象使いたちはゾウが衰弱するとマストが終わることを知っており、該当の個体を動けないよう拘束して餌を減らすことでマスト期間をわずか数日に短縮させます。
こういった措置は極めて効果的であるものの、虐待とも考えられるため、先進国の動物園などでは採用されていません。このため、飼育の技術が発展した現代においても、ゾウの家畜化は難しいと思われます。
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