人を襲うクマ 遭遇事例とその生態 カムエク事故と最近の事例から
著者:羽根田治
出版社:山と渓谷社
この本は、1970年に日高のカムイエクウチカウシ山で起きた福岡大学ワンダーフォーゲル部のヒグマ襲撃事故から始まります。
冒頭の事件はあまりに凄惨で、読んでいて息をのむほどの緊迫感があります。
しかしこの本の価値は、単なる「事件の記録」ではなく、なぜそのような悲劇が起きたのか、そして現代にも通じる「クマと人との関係」を考えさせてくれる点にあります。
著者は、当時の報告書や関係者の証言をもとに、事故の詳細を丁寧に検証しています。
そこから浮かび上がるのは、人間の油断や知識不足、そして自然への理解の浅さです。
「ザックを取りに戻らない」「背中を見せて逃げない」といった教訓が、単なる登山マナーではなく“生死を分ける判断”であることを痛感させられます。
また、第二章以降では、2009年の乗鞍岳、2014年の奥多摩、2016年の秋田県鹿角市など、近年のクマ遭遇事件を実際の被害状況とともに紹介。
どの事件も現実の重みがあり、読んでいて背筋が冷たくなるような緊張感があります。
現場の猟師や専門家の言葉からは、クマが人里に現れる背景にクマザサの減少による隠れ場の喪失や、猟師の高齢化など、社会的な要因まで見えてきます。
第三章では、東京農業大学の山崎晃司氏がクマの生態や行動、ヒグマとツキノワグマの違い、そして環境変化による生息域の拡大について詳しく解説。
写真家・澤井俊彦氏によるクマの生き生きとした姿も印象的です。
本書を読むと、「クマと出会ったときどうするか」以前に、「クマと出会わないために何を知っておくべきか」という意識が自然と芽生えます。
生身の人間がクマに勝てるはずがない。だからこそ、クマの行動を理解し、山に入る際には最大限の注意を払う、それが現代の私たちに求められていることだと強く感じました。
単なる事件記録ではなく、“人と野生動物の距離を見つめ直すための一冊”。
登山者やハイカーだけでなく、自然や野生動物に関心のあるすべての人におすすめしたい本です。


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