想像してみてください。あなたは美しいオーストラリアの熱帯雨林を散策しています。木々の間から漏れる日差しが心地よく、鳥のさえずりが耳に届きます。そんな平和な時間を過ごしている最中、突然18kgもの巨大な物体が上空30メートルから降ってきたら…?これは映画のワンシーンではなく、ヒロハノナンヨウスギの木の下で実際に起こりうる危険な現実なのです。本記事はこの驚くべき巨大な針葉樹ヒロハノナンヨウスギの生態について説明しています。
基本情報

ヒロハノナンヨウスギはナンヨウスギ科に属する巨大な常緑針葉樹です。オーストラリアの固有種で、クイーンズランド州南東部の熱帯雨林に分布しています。非常に高く成長し、ラミントン国立公園にある最も高い個体は51.5mに達していたと報告されています。直径1.5mにもなる幹はまっすぐに伸び、枝は幹に沿って一定の間隔で渦巻状に生えています。葉は枝の先端に密集し、このため、木は独特な卵型のシルエットをしています。葉は小さくて固く、先端が鋭く尖っているため、簡単に人間の皮膚を突き刺してしまいます。そのため、この木を扱うときは防護服を着る必要があります。
危険な球果

ただ、本当に恐ろしいのは葉っぱではありません。ヒロハノナンヨウスギは9月から10月にかけて受粉します。そして15ヶ月かけて球果が成長していきます。球果とは松ぼっくりのことで、針葉樹である杉や松などの裸子植物が作る果実のことをいい、種子は鱗状の構造に積まれています。
長時間かけて成長するこのヒロハノナンヨウスギの球果は、最終的に長さ30cm、幅20cmにまで達し、これはラグビーボールとほぼ同等の大きさです。そして重さは18kgにもなります。
進化の歴史

ヒロハノナンヨウスギが属するバンヤ節の植物は中生代に栄えました。この木に似た球果を持つ化石がイギリスや南アフリカで発見されていますが、現在生き残っているバンヤ節はヒロハノナンヨウスギのみです。
ヒロハノナンヨウスギの球果がこれほどまで巨大なのは、絶滅した大型動物、最初は恐竜やその後オーストラリアに住んでいた大型の哺乳類が種を分散していた可能性があるからだと考えられています。しかし、化石による記録が不十分であるため、はっきりと分かっていません。ただ、現在はオウムやポッサム、ワラビーなどの様々な鳥や動物が種子を食べ、分散していることが知られています。
この木の分布がクイーンズランド州南東部のみに限られているのは、種子の分散が不十分なためです。さらに、ここ数千年にわたってオーストラリア大陸が乾燥しており、熱帯雨林に適した気候帯の地域が縮小したのもヒロハノナンヨウスギの分布を限定的にしていると考えられます。
落下の危険性

受粉から17~18ヶ月後の1月下旬から3月上旬にかけて、成熟した球果は9階建てと同じくらいの高さから落下します。そのため、この木の下にいることは非常に危険です。
ある事例では、50代の男性が国立公園のヒロハノナンヨウスギの木陰で過ごしていたところ、突然、重さ約7kgの球果が彼の頭に直撃しました。これにより彼は頭蓋骨骨折と外傷性脳損傷を受け、手術を受けたものの重度の認知障害が残ることとなりました。皆さんは絶対にヒロハノナンヨウスギの下で長時間過ごすのはやめましょう。
先住民との関わり

このように非常に危険な球果ですが、オーストラリア先住民にとっては古くから重要な食糧源でした。熟した球果は硬い殻に覆われていますが、沸騰させたり火に入れたりすると簡単に開きます。そして中には2.5から5cmほどの種子が入っており、これが食用となります。種子の味はクリに似ていますが、香りと風味はクリほど強くありません。また、その味は調理されたジャガイモに匹敵するとも言われています。
各アボリジニの家族はヒロハノナンヨウスギの木々を所有し、これらは世代から世代へと受け継がれていました。そのため、この木はアボリジニの人々が所有する唯一の世襲財産であると言われています。
収穫祭の文化

2年から7年の間に球果が成熟すると、この時期には大規模な収穫祭が行われていました。この祭りで、何百キロも離れた場所に住む人々に使者が送られ、バンヤ山脈に集まるよう招待されました。これはオーストラリア最大の先住民によるイベントであったと考えられており、最大数千人にもなる多様な部族が長距離を移動し集まりました。そして彼らは何カ月もそこに滞在し、収穫を祝い、ごちそうを食べたのです。
この時、ダンスのような儀式を行うだけでなく、結婚や貿易なども行われていました。さらにこの集まりは重要な協定の場でもあり、政治や地域問題をめぐる議論と交渉も行われ、多くの問題が解決されていました。
保護と開拓の歴史
1842年、当時の植民地の政府は、この地区内で土地を占領したり、材木を伐採したりすることを禁止する通知を発行しました。これは、アボリジニの人々がこの樹と密接な関係を持っていたため、激しく保護を要求したからです。しかし、この通知は1860年に新しく創設されたクイーンズランド植民地の政府により廃止されました。結果、アボリジニの人々は最終的に森から追い出され、この祭りも途絶えてしまったのです。そして多くの木々は木材をとるためや、農地を開拓するために伐採されました。
しかし、先住民たちはこの木々との文化的および精神的な繋がりを持ち続けており、現在は国立公園として管理されています。
現代での利用

現在、先住民の食品愛好家によるヒロハノナンヨウスギの種子の多種多様な自家製レシピが存在します。種子はローストされ、そのまま生で食べることもでき、また熱い石炭で加熱したパンとしても食べられます。その他、パンケーキやビスケットなどにされたり、泥の中に保管され発酵させて食べることもできます。種子は栄養価が高いと考えられ、クイーンズランド州南部の田舎では、食料品店や屋台で今でも販売されています。
また、木材としても高く評価されており、ヨーロッパ人は定住以来、弦楽器を作るための木材として重宝してきました。1990年代半ば以降になると、オーストラリアの企業はアコースティックギターにこの木を使用しています。さらに、キャビネットメーカーや木工職人によって1世紀以上にわたって使用されてきました。
このように様々な用途で使用されるため、農家は食用や木材のためにヒロハノナンヨウスギの木を商業的に育てる試みを行っています。ただ、頭上に落ちてくると危険なので、庭にヒロハノナンヨウスギを植えることはお勧めしません。
コメント