アマランサスは古代アメリカ大陸で栽培されていた作物で、特に中央メキシコのアステカ文明圏とアンデスのインカ文明圏で重要視されていました。アマランサスの種子は穀物のように主食として食べられるほか、葉は野菜として調理される非常に万能な食材です。
この植物は換金作物としても重要で、周辺地域からアステカ帝国へ納められる貢物として使われていました。その量は毎年トウモロコシや豆類とほぼ同じくらいで、スペイン人が新世界に到達する以前は、重要な主食のひとつとして広く食べられていました。
しかし、これほどまでに重要で万能だったにもかかわらず、アマランサスはある時期を境に、栽培や利用が厳しく禁止されることになります。一体なぜこれほど優秀な植物が歴史の表舞台から消されようとしたのでしょうか。
この記事の要約
- 古代文明の重要作物: アマランサスは約7000年前から中央メキシコやアンデス地方で栽培され、種子は穀物として、葉は野菜として利用される万能な食材で、アステカ帝国ではトウモロコシや豆類と同等の貢物として扱われ、経済と宗教の両面で中心的役割を果たしていた
- スペインによる栽培禁止: 16世紀のスペイン征服後、アマランサスの種子で神像を作り食べる儀式がカトリックの聖体拝領に似ていると見なされたこと、儀式の赤色への嫌悪、先住民の社会基盤を弱体化させる政治的意図などから栽培が厳しく禁じられ、違反者は手を切り落とされるか命を失う危険があった
- 現代での復権と再評価: 先住民が密かに種を守り続けた結果、近年は栄養価の高い古代作物として世界的に注目され、タンパク質やアミノ酸が豊富で健康食品として利用されるほか、クラフトビールの原料や気候変動対応作物としても期待され、日本でもオンライン通販などで入手可能になっている
古代の主食アマランサス

アマランサスはヒユ科ヒユ属に属する植物の総称で、世界中に分布する約50種以上の一年草または多年草から成ります。夏から秋にかけて、稲穂のような形の花の集まりを作り、赤みがかった濃い色から深い紅色まで、鮮やかな色彩の花を持つ種類が多いです。草丈は種によって異なりますが、1から2.5メートルほどに成長するものもあります。
アマランサスはアメリカ大陸で古くから栽培されてきた植物で、特に利用されていた主要な種は、アマランサス・ヒポコンドリアクス、アマランサス・クルエントゥス、アマランサス・カウダツスの3種です。これらは、中央メキシコとアンデス地方でほぼ同じ時期に独立して栽培が始まったと考えられており、紀元前5000年頃(約7000年前)にはすでに栽培が行われていました。
メキシコのテワカンでは紀元前4000年頃の栽培の痕跡が見つかっており、古代メソアメリカではアマランサスが重要な作物として育てられていました。栽培の中心は中央メキシコやペルーのアンデス地方、北西アルゼンチンで、エクアドルやグアテマラ、南メキシコ、北米南西部などにも栽培の痕跡が広がっています。
アマランサスの種子は穀物のように扱われ、炒ったり煮たりして食べられたほか、粉にしてパン状の食品や粥、飲み物の原料としても用いられていました。種子は加熱するとナッツに似た香ばしさが生まれ、ほのかな甘みとコクがあり、プチプチとした独特の食感も特徴です。
また、葉はほうれん草のように茹でて食べられました。若い葉は特に柔らかく、サラダや炒め物にも利用され、ほうれん草に近い風味に、わずかなえぐみとコクがあり、加熱すると食べやすくなるため、栄養価の高い野菜として重宝されていました。
さらにアマランサスは古代アステカにとって、単なる食料としてだけでなく、帝国の経済と宗教の両面で大きな役割を担っていました。
まず、アマランサスは周辺地域からアステカ帝国へ納められる貢物のひとつとして扱われ、年間の貢物としての量はトウモロコシや豆類とほぼ同じ程度に達していました。つまり、帝国の食糧供給と財政において、アマランサスは欠かせない存在だったと言えます。
また、アマランサスは重要な儀式や宗教行事にも深く結びついていました。食文化だけでなく、国家や社会の基盤に直結する作物として、アステカ文明の中心に位置していたのです。
アマランサスの種子は神聖なものと考えられ、粉にした種子と蜜を混ぜて神々の像を作り、祭礼の際にそれを分けて食べる儀式が行われていました。この行為は神と人間が一体になることを象徴し、共同体の結束を強める重要な習慣とされていました。アマランサスはこのように、宗教儀式と日常生活の両方で中心的な役割を果たしていたのです。
アマランサスが禁止された理由

しかし、16世紀初頭になると、スペイン人が新世界に到達してアステカ帝国を征服しました。この時、キリスト教の布教と統治が進められ、その過程で先住民の宗教や文化は強く抑圧されました。アマランサスはその中でも特に問題視された作物のひとつだったと考えられています。
その第一の理由として挙げられるのが、宗教的な衝突です。アマランサスの種子で作られた神々の像を食べる儀式は、カトリック教会の聖体拝領と非常によく似ているとスペイン人に受け取られ、異教的で冒涜的な儀式と見なされた可能性があります。
第二の理由として、儀式に用いられた偶像の赤い色が挙げられます。一部の伝承では、この赤色は生け贄の血を混ぜることで生じたと語られており、これがスペイン人の反感をさらに強めたとも言われています。ただし、実際には赤いノパルサボテンの果実を用いていたとする説もあり、この点については現在でも研究者や地元の人々の間で意見が分かれており、決定的な証拠はありません。
第三に、政治的・社会的な要因も指摘されています。アマランサスはトウモロコシや豆類と並ぶ重要な主食であると同時に、宗教儀式や戦士の栄養源としても重要な役割を果たしていました。その栽培を禁じることで、先住民の宗教的結束や社会基盤、さらには戦闘力を弱体化させる意図があった可能性も考えられています。
このように、アマランサスの栽培禁止は、宗教的理由、儀式への嫌悪、そして支配を強化するための政治的判断など、複数の要因が重なった結果であったとみられています。
理由がどうであれ、アマランサス畑は焼き払われ、栽培は禁じられ、儀式の継続も厳しく取り締まられました。栽培しているところを見つかった者は、手を切り落とされるか、命を失う危険さえあったとされています。
現代でのアマランサスの再評価

しかし、アマランサスは完全に消滅したわけではありませんでした。スペインによる禁止の後、一時は忘れ去られた存在となりましたが、メソアメリカやアンデスの一部地域では、先住民の人々が密かに栽培を続け、種を守り家族の中で受け継いでいたのです。
近年、アマランサスは栄養価の高い古代作物として再評価され、世界中で注目を集めています。アマランサスの種子はタンパク質を約12から18%と豊富に含み、米や小麦などの一般的な穀物よりも高い含有量を誇ります。特に必須アミノ酸のリジンが多く、アミノ酸バランスが良いことが大きな特徴です。
さらに、食物繊維をはじめ、カルシウム、鉄、カリウム、リン、ビタミンAやCなどの栄養素も多く含まれており、健康食品としての価値が高いとされています。葉も栄養価が高く、種類によってはほうれん草よりもカルシウムや鉄、リンを多く含むものもあります。
こうした特性から、現代ではアマランサスは健康志向の食材として、主食に限らず、スープに加えたり、菓子に加工されたりと、さまざまな形で利用されています。
そして現在、アマランサスを楽しむ新しい形として注目されているのが、ビールです。メキシコシティー中心部では、アマランサスを原料に用いたクラフトビールも登場しています。アマランサスを使ったビールは、一般的なビールとは異なり、比較的軽く、ドライで、ほのかに甘みとクリーミーさのある味わいが特徴とされています。
また、栽培面でもアマランサスは注目されています。成長が早く、乾燥に強い植物であるため、温暖で日照が強い地域では比較的育てやすく、将来的な気候変動への対応作物としても期待されています。このように、アマランサスはかつて禁じられた作物から、現代では栄養価の高い古代作物として復権しつつあるのです。
なお、アマランサスは古代アメリカ大陸だけの植物ではありません。同じヒユ属の仲間は古くからアジアやアフリカ、カリブ海地域など世界各地に広がり、主に葉を野菜として利用されてきました。中国では莧菜として炒め物などに使われ、アフリカやジャマイカでは日常的な野菜として食べられています。このように、地域によって種子を主に利用する文化と、葉を野菜として利用する文化に分かれながらも、アマランサスは世界各地の食文化の中で生き続けてきた植物なのです。
アマランサスは今や世界的に健康食として注目されており、日本でも手に入れることができます。日本国内では主に、アマランサスの粒やアマランサス粉として販売されており、輸入食品を扱うスーパーや自然食品店などで購入することができます。ただし、一般的なスーパーの棚に常に並んでいるわけではなく、見つけにくいこともあります。そのため、確実に入手したい場合は、オンライン通販での購入が一番手軽です。
かつては宗教と結びついたことで禁じられたアマランサスですが、現代では再び人々の食卓に戻り、世界中で新しい形の価値を生み出しています。歴史に翻弄されながらも生き残ってきたこの植物は、これからの食と環境を考えるうえでも、注目すべき存在と言えるでしょう。
参考:Growing amaranth an ancestral tradition that carries on in CDMX pueblo


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